日記
When the Rain Falls Silver
BACK


1997/12/31
 ああ、Linux移行していると、Windowsをなかなか立ち上げる気にならない(^^;
 とりあえず、今年もまた年はチャットで明けるだろう。
1997/12/30
 本日の一冊、Alan Southerton & Edwin C.Perkins,Jr.「UNIX(R) & X コマンド辞典」
 AfterStepはいい。各所にかけられる二色のグラデーションは美しいし、ランチャもなかなかいいかんじ。タイトルバーのダブルクリックで、Machintoshのようにウィンドウがくるくるとまきとられ、タイトルバーのみになるのもいい。前日の理由と併せて、完全にFVWM95は見捨てるつもりだ。
 K56Flexの設定に関して興味深い物を見つけた。S91レジスタという隠れたレジスタが設定できるらしいのだ。なんでも信号の送出レベルを変更できるらしい(最大15、平均10)。私の環境はうまく56Kbpsでつながることはないのだが、多少変更するだけで、この値が向上するかもしれないのは嬉しいので、後でじっくりととりくんでみるつもりだ。
 
1997/12/29
 本日の一冊、ろくごまるに「封仙娘娘追宝録」
 よかった。今までX(X Window System)での日本語入力で問題があったのだが、ウィンドウマネージャをAfterStepにすることによって解決したからだ。元々英語版に無理矢理日本語化を施したため、フォーム入力中にBackspaceで二バイト文字を消すと一部文字化けしてしまうなど注意しなければならないt点はあるが、無事に直接入力できるのはありがたい。

1997/12/28
 本日の一冊、野田昌宏「銀河乞食軍団」
 ここしばらく日記が欠けない環境になっていた。と、いうのもずっとLinuxの整備にかかりきりでいたからなのだ。ようやく日本語化もすすみ、大分使える状況になってきた。
 私が導入したのは LINUX DEVEROPER RESOURCESのSlackware 3.3(kernel 2.0.30)。そう、Slackwareである。確かに先日まではDebianのつもりだったのだが、日本語化(Debian-JP)がどうもうまく行かなくて、やむなく一番安定しているSlackwareに変更した次第である。
 やはりSlackwareば楽でいい。JE(Linux日本語化パッケージ)は素直にあたるし、JF(Linuxに関するHOTO&FAQ日本語訳)もほぼそのまま使える。JG(日本語であそべるゲーム ^^;)だって大丈夫。RPM(RED HAT LINUXで使われているパッケージ形式)などのパッケージの使用に少々手間がかかるが、やはり使い慣れているスタンダードという物はいい(大抵のLinux SoftwareはSlackwareを基準としていることが多い)
 この数日で入れた物は以下の通り。まず、Slackware本体にJE。これで基本的事項の日本語化はできる。だが、うまくless(jless、日本語の通るページャ)が動かなかったので、Linux-usersメーリングリストの過去記事を片っ端から検索してなんとか設定法を見つけた。(単にLANG=ja_JP.ujisとLESSCHARSET=japaneseを設定すればいいだけだった ^^;)。
 次に、圧縮されたVFAT(M$のファイルシステム)をマウントするためのdmsdosの導入。これはカーネルにパッチを当てて、リメイク(make meproper && make config && make dep && make clean && make zdisk && make modules && make mosules_install という非常に長いコマンドを使った ^^;)するところまではうまく行ったのだが、何度やっても何故かマウントできず。LINUX JAPANの記事とLinux-usersで調べても駄目。vfatでマウントしてもcoreを吐いてエラーになってしまう(要するに致命的エラー。どこぞのOSと違って再起動を要求はしない)ことから、どうやらHDD自体に問題があることが判明。一応Windozeでは正常に動いているが、どうやらdmsdosでは手に負えないようだ。仕方がないので圧縮部はあきらめ、未圧縮部のみ /dos/c, /dos/d としてマウントする。
 PPP(する事はプロバイダへの接続)ももちろん必要だ。IIJ-PPPが使いたかったが、暇がないのでカーネルに組み込んであるpppd(ppp daemon。OSの裏側で仕事してくれる几帳面な悪魔君)で我慢する。半日ほどの格闘でなんとか簡単にダイヤルアップできるようになった。
 次に行ったのはNetscape。一晩がかりでミラーサイト(ftp://Sunsite.sut.ac.jp/)からNetscape Communicator 4.04 Standalone Linux2.0版を手に入れて、同様に別の場所から日本語化リソースも手に入れる。まずはNetscapeを普通にインストールし、次に日本化かパッチを当てる。はじめはうまく行かなかったが、二日ほど ~/.Xresource や ~/.Xdefaults をいろいろとやるうちになんとかなった。やはりメーリングリストの過去記事とJF、そしてJLUGからたどる数々のページは頼りになる。おかげでちょっと動作が妖しい物の、なんとか日本語が直接入力できるようになった。(MuleからYank(Windoze用語で言うとペースト)の方が安定していて楽だけど ^^;)
 さて、ブラウザ使えるようになったからには次はFTP。だが、それは既にncftpという心強いソフトウェアがある(どれくらい心強いかというと、どんなGUIよりも優しくて使いやすいコマンドライン!)。そこで、次はIRC(インターネットでのチャット)クライアントを導入することにした。日本語入力で面倒を起こしたくないので、素直にMuleで動くIRCHATを探す。場所を探すのに苦労したが、linux-users MLの過去記事からなんとかたどることができた。make installして設定。無事にチャンネル #星界(森岡浩之「星界の紋章」「星界の戦旗」に関する場所) にもつながった。まだキーバインド(キーの設定)を覚えきっていないが、何とかなるようだ。これで安心してボット(勝手にIRCの上で動くロボットなキャラクタ)の制作に取りかかれる。
 まだまだするべき事はある。次はウィンドウマネージャの設定だ。X Window Systemでは表面の動作をいくらでも取り替えられるので、twmやCDE、Openwindow以外にもMAC風からWin95風,Be風, NeXT風, ATARI風まで、様々なGUIが使えるのだ。とりあえず標準でついていたfvwm95-2(Windoze95風)を使い、その脇でaftersetp(NeXT風)を導入する。以前大学のマシンにも入れたことがあったので、素直に入った。設定は後回しにして次に移る。
 ボットを入れるためにはperl(ちょこっと使うにはすばらしい言語!)が必要だ。perlを使うならばLWP位はそろえておきたい。と、いうことでftp://ring.etl.go.jp(リングサーバ、CPAN(PERLに関するライブラリを集めたサイト)もミラーしている)からモジュールをGET。だが、依存関係の都合上MD5等も手に入れなければならず、とりあえず保留する。(必要になればいつでも入れられるとの判断)
 そういえば、せっかくサーバがたてられるのだから、こったことをしてみたい。と、いうわけでPHF/FIを使用するためにPostgreSQLをGETする。さすがにミラーサイトからとはいえ回線が細いと辛い。結局これだけで一晩中かかってしまった。日本語対応パッチを取ってきて、導入――しようと思ったが、PHF/FI(HTMLからデータベースをしようできる)を使うにはGD(グラフィック用のライブラリ)が必要。ついでに当然の事ながらAPACHE(一番よく使われているWWWサーバ)のソースも必要(モジュールを追加するため)。と、いうことでこれもひとまずスタックに積んで置く。いずれ必要とするファイルが集まったら入れるとしよう。
 そんなことをしている間にも、どんどん環境は進んでいく。FreeBSDの本まで持ち出して、LINUX JAPAN, UNIX MAGAZINE, Software Design総動員、ついでに図書館からLinux本を二冊ほど借りてきて細かい設定を行う。要町フォントを入れてみたが、なかなかいい感じだ。RPMパッケージ管理用にrpmも導入しておく。バイナリパッケージなので/で展開するだけ。非常に楽だ。だが、これはわざわざRed Hatから取ってきたにも関わらず、後で手元のRED HAT LINUX POWERTOOLSを見たら、バージョンが上の物があって悲しかった(^^; Slackware packageの物の依存関係は記述していないので、まだちょっと使うには時間がかかりそうだ。それから、何故か入っていなかったxsnow(背景で雪が降ってサンタがそりでかけまわる)とxearth(背景で地球が回る)も手元のCDを漁ってtar ball(圧縮梱包されたファイル)を見つけだし、導入した。
 大分省略して話したが、そんなこんなで、けっこう楽しく苦労していたのだ。ようやく何とかまともに使えるようになってきて、user主体で作業ができるようになった。漢字変換サーバのcannaが莫迦(オーニュ)なので、文章を書くにはまだちょっと辛いが(^^; これはそのうちLinuxが主体となったら Wnn6 でも買って入れるとしよう。muleとkinput2の再構築が必要になるだろうが、漢字変換の効率を考えると、その程度は甘んじて享受するとしよう。(IRCでの知り合いにWnn6ユーザがいるが、その頭の差に驚いたのだ。なんとCANNAは「海胆」すら変換できなかった! ^^;)
 本日の教訓。やはり情報へのポインタこそすべて!大抵のちょっとした問題に対する答えは探せばある!使わない本やCDROMを買っていたのも無駄ではなく、きちんと今になって役に立ってくる!(SUNSITEはあるから、CTANとCPANのCDROMが欲しい〜 ^^;)常日頃からの情報密度がいざというときに役に立つ!

1997/12/23
 本日の一冊、「Linux Japan」
 ようやくマシンにLinuxを導入することができるようになった。
 まずはどのLinuxを入れるか、という問題。これは単純にDebian-1.3.1に決定した。Slackwareはいれたことがあるし、Redhatも同様。最近はDebian-jp Projectで日本語環境も整ってきているので、これに決定した。
 インストール用のフロッピーの制作。まずは資料に過去のLinux Japan Vol.4を引っ張り出す。Debian-1.2の記事だが、参考にはなるだろう。ええと…げ!FDが大量に必要ではないか。慌ててCDの中の内容の確認と、更なる記事を検索する。ようやく見つけたところでは、1.3.1ではCDROMからのブートも出来、CDROMが使えるならばRescue Disk一枚でいいとのこと。すぐにrawrite2を使用してFDを作成した。
 今つくったFDを入れて再起動…SCSIでエラーが発生している。どうやら旧SCSIボードが悪さをしているようだ。ジャンパを変えてみてもむだ。結局試行錯誤の末はずすと上手く動作することを確認した。だが、Windozeでも使用するのでそれは無理。しかたがないのでSCSIケーブルを買いに自転車を走らせた。求めるものはD-subハーフピッチ50pinとアンフェノールハーフピッチ50pin。この二つは非常に紛らわしい。私も挿してみて初めて違うと確認したくらいだ。そのせいかどうかは知らないが、なかなか見つからなく、店員に探してもらってようやく見つけることができた。
 家に帰ってさっそく確認。うまく挿すことができたので、古いボードを取り外す。Windozeの方でもドライバをはずして、と。なぜか結構速度が上がったような器がする(^^;ベンチマークをしようとしたが、なぜか暴走。締める。
 そしてやっとDebianの導入。ボードをはずしたので起動画面が無事登場!(普通こんな所で悩まないよな〜 ^^;)JP(106)が無かったので、キーボードはUSを選択。64M(Linux Swap)と残り約1G(Linux)にパーティションを切って、さっそく導入開始。モジュールも適当に組み込んで、と。ずらっと出てきたパッケージ(^^)選んでいたら気が遠くなりそうだし、後でいくらでもdselectを使用して修正できるので、とりあえずデフォルトのまま実行。、今延々と組み込んでいる。
 その間になんとかDebian-jpが無いかどうか探してみる。LDSには特に入っていなかったのだ(JE,JFはあったけど。ついでに言えば紙のマニュアルにdebianの項はなかった --;)。そして、頼みにしていたLinux JapanのCDは…不良により要交換。つまり現在のところ壊れているファイルが入っている可能性が大きすぎる。そして、手元の雑誌をあてどもなく検索していた所、あった!なんとUNIXUSERの8月号にかろうじてbo-jp(1.3.x用の日本語パッケージ)が入っていたのだ。と、いうわけでそれを使ってインストールすることにした。
 基本システムも一通り設定されたので、CDROMから直接bo-jpにアクセスしてさっそく導入、というわけにはいかなかった。stableとcontlibというものが必要なため、コピーorシンボリックリンクで示す必要があるのだ。記事ではjpパッケージをlocalとしてコピーしていたが、幸いCDROMが二つあるので、片方にbo、もう片方にbo-jpのはいっているCDROMをマウントし、/tmpからそれぞれの場所にシンボリックリンクを張ってお茶を濁すことにした。これでようやく日本語環境が作れる、かな?
 その前にまずはXの設定をしなくては。さすがにコンソールのみでは、いくら仮想画面があるとはいえつらい。そのために再びdselectを起動して、X関連のものをずら〜っと選んでみた。現在また結果待ち。しかし、この方法…確かに確実性はあるんだろうけど、ちょっと導入速度が遅い。まあ、たいした事はないのかな。依存関係を考えなくてもいいぶんずっと楽だ。

1997/12/22
 本日の一冊、アーサー・C・クラーク「地球光」
 最近、IRC(#星界)で使われているボットが面白い。要するにキーワードに対して自動応答するプログラムなのだが、これがなかなかよくできているのだ(名前はラフィール、通称フィアボット)。まず、応答による機能だけでも結構楽しい「ラフィール、なると」と言えばなるとを配布(+o)してくれるし、「失礼、フィア・ルエネル」といえばそのチャンネルから蹴り出してくれる(笑)星界の紋章を読んでいない人に、この楽しさが伝えられないのは残念だ。フィア・ルエネルは皇女殿下の意。本来はフィア・ラルトネル(王女殿下)となるべき…ってそんなこと解説してもなにも面白くないぞ(苦笑)ぜひ本編を読んで確かめるべし!
 だが、ボットの真の機能はそれだけではない。なんと、まじめな会話中にも的確なツッコミを入れてくれることにあるのだ。ほんとうに、これ以上はないタイミングで、語句をかえしてくれる。しかも、それが特定の人だけに対し、まるで他の人の代理をするかのように受け答えする様子には、おもわず作為的なものを感じてしまうほどである。キーワードに反応しているだけだというのに(^^;
 そう言えば昨夜IRCに松岡@九大さんがこられた。いろいろなところ(ML等 ^^)でお目にかかってはいるが、実際にお会いしたのは始めてだ。だが、IRCに入ってまったく違和感が無かったのはなぜだろう(笑)ともかく、楽しい方のようだ。また今日もこられるといいのだが。

1997/12/21
 本日の一冊、「THE FIVE STAR STORIES EPISODE GUIDE 1986-1997」COMPILED BY NEWTYPE
 思い立って、午後から秋葉原に出かけた。目的はSCSIボードとグラフィックカード。いずれもやすいものだ。SCSIボードは、できればAdaptecのものが欲しかったが、さすがに純製だけあって高かったので却下。Adaptekという安いものもあったが、今回はLinuxでの運用を考えていたため、ドライバが対応しているかわからず、やむなく断念。結局、DC-390かDC-390Uの二つに絞られた。これらは以前にバイトで扱ったことがあり、FreeBSDで使用できたのを覚えていたからだ(FreeBSDで使用できればLinuxでも大体オッケー)。問題は、Ultra SCSIかどうかということだが、ここは予算面から泣く泣くDC-390にした。だが、どうせしばらくはHDDを買い足すつもりもないし、いいだろう。グラフィックボードのほうは割合あっさりと決まった。それほど値段適に選択肢が無かったというのもあるが、Xが対応していなさそうなものも多かったからだ。Trio64V+が安かったが、結局はS3 VirgeDX/4MBがのっているものとおとなしめな構成にした。(ドライバ対応さえ確実なら、CanopusのVirge/GXを買っていたのに --;)
 その後、Laser5によってLINUX Developer's Resourceを買った後、帰りは行きに購入しておいた本(エピソードガイド)を読みながら帰った。
 家に戻って食事と犬の散歩の後、さっそく試してみる。まずはSCSIボード…コードが内部用しか入っていない。おまけに外部は手元にあるタイプのコネクタではない。後できっちり調べてからでないといままでのものを接続するのは無理そうだ。しかたがないので今でのものもそのままつけ、並列構成にする。グラフィックカードのほうはなんだかんだと入れてやって簡単に成功。試しにゲームを起動してみると、早い早い。いままでGAのせいで待たされていた待ち時間がほとんど無しになっている。やっぱりまともなボードはいいなぁ(しみじみ ^^;)
 今回の面白そうだけど買えなかった品一覧。メカニカルなキーボード(クリック間もいいし、渋い色使いもいい。ちょっと大きかったけど ^^;)。黒の3ボタンマウス(JUSTYブランドということでエルゴノミクスデザインになっていた)。PCI用USBコネクタボード(まだまだ時機尚早かな)。クリスマス商戦でやたらと安かったメモリ(EDO 32M*2で一万ちょっと!)。世界最小最軽量のFMラジオ(なんと耳にかけて使用する。アンテナも短距離用長距離用二種類付属。ボタンはサーチとリセット、あとスイッチだけ。本当に小さい。しかも値段も1K程度!ただし、使っていると見た目がちょっとマルチ風になってしまい、怪しいかもしれない ^^;)、内部SCSIを外部に引き出すセット(まあ、必要になれば、ね)、よくある5inchベイ用スピーカ。等など。

1997/12/20
 本日の一冊、アーサー・C・クラーク「海底牧場」

1997/12/19
 本日の一冊、アーサー・C・クラーク「火星の砂」
 とりあえず、卒業研究の論文自体は終わったので、今日やるべき差し迫ったことはない。いくつかの例外を除いては。まず、それは論文の手直しであり、概要集の作成であり、そしてsendmailの設定であるのだ。
 Linuxにおけるsendmailの設定方法が、今月のSoftware Designにのっていた。擁するに、簡単なものだ。試してみるだけの価値はある。そこで、その最低限の設定で試みてみた…駄目だ。変換規則がうまくいかない。それに、JE付属のCFを使用したにもかかわらず、MakefileとConfigureにおけるパスの再設定が必要だった。やはり、sendmailは一筋縄では行かない。まだまだ更なる挑戦が必要なようだ。

1997/12/18
 本日の一冊、グレゴリィ・ベンフォード「アレフの彼方」
 ポケットモンスターでてんかんに似た症状を起こした問題が、かなり大きく扱われているようだ。XEBECでは、リスマスクの枚数制限と透過光自粛の処置が出たなどとも聞く。同局のテロップで録画したビデオを見ないように注意が出ていたので、多分問題の回は、セブンの11話、スペル星人の時のように幻の回となるのだろう。別に、私は取りたててみたいとも思わないが、そう思う人はおおいだろうから。しかし、この時期(クリスマス商戦)にこのようなことがおき、バンダイも大変だろう。

 やったぁ!ようやく論文を出力して提出することができた(完成したわけではない。念のため ^^;)。執筆環境はもちろんLaTeX2eMule for win32にYaTeX(野鳥),DVIOUT for Windowsという組み合わせ。今までは別の環境でTeXを書いていたので、今回がこの環境をつかう初の機会となった。
 だけれども、あらかじめ用意しておいたにもかかわらず、大学での作業は当初難航した。まず、cyGNUSのGNUツール類は入っていて、パスもとおっていたのでOK。gccが見当たらなかったが、それも別の場所から引っ張ってきて手動で補完した。
 だが、あらかじめ入れておいたはずのDVIOUTが見つからない。おかしい、確か以前にLIPSプリンタ(600dpi)のテストのために入れておいたはずなのに。泣く泣く導入し、ややこしい設定をやり直す。その際、一部レジストリに残っていた設定を使えたので楽だった。でも、本体が残っていたらもっと楽だったろうに。とりあえずDVIOUTを起動して、家から持ってきたDVI(デバイス非依存)ファイルを見ようとしてみる…METAFONTで大量にフォントを作りまくっている間じっとまって。え、フォントが無い?どうやら日本語関連の設定がすっぱりと抜けているらしい。幾度かのリトライの末、ようやくエラーが出なくなった。  次に、Mule for Win32の設定。これは、家から .emacs(設定ファイル)を持ってきたこともあって、割合すんなりとすんだ。LaTeX2e本に付属のやつが壊れていたとか、YaTeXの設定のために本体を複数バージョン落としてから、設定の書かれているサイトを記憶をたどり見に行ったとか、そのようなことは些細なことだ。なぜならば、これで無事環境が整ったのだから。
 これが、数日前の出来事。それから突貫工事でピースの断片を纏め上げ、一本の論文にした。残念ながらプログラムが半ばまでしか完成していなかったので、データの収集は正統的には行えなかったのが悔やまれる(一応手動で手に入れたまともなデータを書いたけどね ^^;)。動作次第正確なデータに差し替えて置こう。
 何はともあれ、明日提出するだけのものはできた。恐れていたネットワークプリンタの神詰まりの山も、インク漏れもでなかったし。まことに、今はいい気分だ。

 UNIX MAGAZINEとSoftware Designを購入する。どちらもなかなかいい感じだ。SDの今回の特集はネットワーク管理。管理者の仕事などもある程度かいてあり、そのまんまコピーして来年の管理者に渡したい気分だ(笑)UNIX MAGAZINEのほうはまだ読んでいない。これからゆっくりと見ることにしよう。

1997/12/17
 本日の一冊、マイクル・クライトン「アンドロメダ病原体」
 今日も今日とて卒業論文。
 使い込めば使い込むほどmuleはいい。思わずw3を入れて、ブラウザにもしてしまった。今度はircもいれて、Mewも入れることにしよう。
 やはり疲れているらしい。研究室の飲み会(一応忘年会らしい、が先生は送れてくるどころかとうとうこなかった ^^;)の帰りで電車に乗って家路に就いていたのだが、見事に寝過ごしてしまったのだ。気がつけば、電車の進行方法が反対側。実質明日中に卒論を形にしなくては行けないのに。やれやれ。
 「アンドロメダ病原体」は非常に楽しめる小説だった。そんなに派手な描写はないのだが、その淡々とした語り口に、ついのめり込んでしまう。ドキュメンタリー・タッチの作品が好きな人ならば、読んでみて損はないと思う(もちろん、そうでない人も!)。
 子のことに関して、興味深いことを思い出した。宇宙飛行士への質問をまとめた本だったか、それともNIFTY SERVEのSFフォーラム(FSF)だったかは忘れたが、確か昔アポロ計画で行われていた宇宙飛行士の隔離はもう行われていないというものだ。なるほど、当時はそれにこのような意味までもが含まれるとは予想もしなかった。

1997/12/16
 本日の一冊、ワールズ・ベスト1967「追憶売ります」
 メールは溜まるよ段々溜まる。取得してみちゃいるけれど、家に帰ればウン十通。
 いや…冗談じゃなくて(^^;)
 FSS-MLがバーストしたせいか、来るメールの量が最近に比べてかなり多くなってきている。卒業研究のほうも進めなきゃ行けないのに。(けっして、夜中にIRCでMPEGデータをもらっていたり、ブリッツランナーでタイムアタックをしていた、などということは… -=-)
 さて。修羅場である。はっきり行ってしまえばそのとおり。穏やかに言ってみても何の差も無い。おまけにこのような中なのに飲み会だけはきちんとある。こうなった場合、私の頼るものは必殺の「差し替え」しかない!とりあえず完成させて、細部は後で直す!これにつきるだろう。まったく、楽ではない(^^;;
 論文のためにMule for win32を集中的に使ってみている。実に具合がいい。完全に移行するほどではないが、慣れればかなりの爽快感をもたらしてくれる。ちょっとした機能の積み重ねが実にいい感じだ。確かに設定は面倒くさいかもしれないが、それだけの介はある。Emacs20のMeadowがベータリリースされたら、乗り換えてみてもいいかなと思う。

1997/12/15
 本日の一冊、コードウェイナー・スミス「<人類補完機構>鼠と竜のゲーム」
 …己の浅薄さにほとほと呆れ返る。
 今日の予定は、大学に行って卒業論文を書く、といったものであった。だがそれは研究室について荷物を改めたとたんに破綻することとなる。肝心要のデータを収めたFDをマシンに挿したまま忘れてきてしまったのだ。そして、今私は再び家の近くの駅にいる。今度は多重に送った。メール、FD、そしてこの携帯機器の中のデータ。こんどこそ間違いなくデータは届くはずだ。だが、それに要した時間損失は痛い。私の場合、片道で約二時間か刈る。つまり大学に行って、忘れ物(FD)をとりに帰ってくる。これだけですでに4時間。無駄な時間も含めれば5,6時間が費やされているのだ。さらに、この後まだ2時間以上の道のりを経なければ研究室にはたどり着かない。つまり、この忘れたという事実によって優に一日の4分の1以上を無駄にすごしたことになる。もちろん、そのせいで授業には出られなかったし、打ち合わせのために研究室に泊まり込みまでしなければならない。おまけに研究室にいるともれなく管理者業務がついてくる。まさに、前途多難だ。
 まったく、己の(すえぞうなみの ^^;)忘却能力を怨んでしまう。今日は厄日だ。
 さて、膨大な電車内の時間のおかげで、予定以上に読書量が多くなってしまっている。昨日あらかじめ大量のSFを借りてきていたのだが、今週中どころかあと数日で読み切ってしまいそうだ。今日も既に2冊を読み切り、3冊目に取りかかっている。じっくりと読み込むタイプの小説にしては異例なほどのスピードだ。それだけこの無駄な時間が長いということか。さて、そろそろこの機体を閉じて、しばし俗世を忘れ、アーサー・C・クラークの世界に耽溺するとしよう。

1997/12/14
 本日の一冊、ジーン・ロッデンベリイ「宇宙大作戦スタートレック」
 まだ時期外れなので寝かせて熟成させておくべきものだったが、久しぶりに描いた絵でもあるので、昨日描いたCGの一枚をIRCのチャンネル「#星界」で公開してみた。評判は上々。苦労して設定に合わせた修正を繰り返した介があったというものだ。空識覚器官(フローシュ)程度ならばすぐに修正できたが、すっかり忘れていた瞳の色や(全面塗り直し!)、家徴(ワリート)である耳。そしてなにより髪の色合いと、細細としたところに手を入れる結果になってしまった。そのままで公開するとみっともないので、背景に雪を適当に書いた後(Painterの機能任せだな、コリャ ^^;)、Photoshopでレイヤを使って枠組みをつくる。照明効果を施して、レタリングを入れて完成!元々の絵があまりよくないのでそう見栄えはしないが、自分では結構完成品が気に入った。
 しかし、昨夜は本当に一部チャットががらがらだった。やっぱりオフ会があると、主要メンバーがごっそりと抜けるので、寂しくなる?(^^;

1997/12/13
 本日の一冊、奥村晴彦「LaTeX2e美文書作成入門」
 現在、クリスマスに向け準備の真っ最中、といきたいところだが、その前に仕上げなくてはならないものがいくつもある。niceをしたいところだが、そういうわけにも行かないのだ。締め切りが近づくにつれてかえってプライオリィが高くなるばかり。(って、ようするに優先事項が高いというだけ ^^;)

 そんななか、昨夜ついに新たな領域に手を出してしまった。深みにはまるときりがない芸術の領域。メガデモである。ぶらっとソフトウェアライブラリをのぞいていたら、サイズの小さなものがあったのでつい手を出してしまったのだ。
 「…素晴らしいことだ」(from 2010年)
 そうとしかいえない画像が私の目の前に展開された。噂ではかねがねその凄さは聞いていたのだが、実際に目にするとそれ以上である。たった4KBのプログラムが、様々な美しい映像を生み出す。それは、まさに職人芸の極致とも言うべき技だった。考えても見て欲しい。たった4KBである。その中で三次元の世界が揺らめき、たゆたう。こういった文章で書いても、どんなに小さなGIF画像を作っても、あっさりと超えてしまうほどのサイズ。33.6bpsのモデムでも数秒で送れてしまう分量4KB。その中から素晴らしい画像が導き出されてくるのだ。その途方も無い技術を考えると、気が遠くなりそうである。まさにメガデモは素晴らしい。私が見たのはまだ小さなファイル二つでしかないが、今度はその名のとおりM単位のものも見てみるつもりである。
 「メガデモ」のような、という語句が3DCGAを見ているとあるが、まさにその原典は素晴らしいものであり、一度見てみることをお勧めする。
 ちょっと逃避に走って久々のCGをかいてしまった(苦笑)後で使うつもりだが、そのままではもったいないのでとりあえずちょっと手を加えて某作品にささげ、さらにそれを流用して日記バナー冬季バージョンを作る。

1997/12/12
 本日の一冊、綾乃なつき「月影のソムル」
 祝!微軟公司
 喜ばしいことに、Micro$oft社にOSとブラウザの抱合せ販売を停止するように命令が下った。まさに、歓迎すべき出来事だ。これで少しはその悪辣なる営業方針と非道なセキュリティが改善されると善いのだが…(無理でしょう ^^;)。
 さて、先日増強された回線だが、なかなか調子がいい。テレホーダイの時間で、はっきりと体感できるほど改善されている。回線の太さ事態はそう変わらないのだから、やはりルータの分散が聞いているのであろう。久しぶりに快適な運用ができた。

1997/12/11
 本日の一冊、Leaf「痕」
 本日から、回線が太くなった。そして、ルータも分散して負荷も減少。さて、どうなることやら。
1997/12/10
 本日の一冊、本沢みなみ「東京ANGEL」
 昨夜、チェックのためにたちあげていたHTTPサーバを外部公開用に使ってみた。APACHEのWin32版にCD2HTMLを組み合わせて使ったのだが、これがなかなかいい。画像ファイルをhtdocsの下にほうりこみ、CD2HTMLでインデックスを作るだけ。これで十数個程度のファイルならば楽楽公開できてしまう。いちいちプロバイダのWWWサーバに送るより手がかからないし、第一後でわざわざftpして消す手間も省ける。おまけに手元でアクセスログまで取れるとあって、まさにちょっとしたし私的公開にはもってこいの環境だ。

1997/12/9
 本日の一冊、大沢在昌「不思議の国のアルバイト・アイ」
 なんだか最近だんだんとこのページが日記とは違うものに変質しつつある。原因はわかっているのだが、果して改められるかどうか(苦笑)
 昼間から大学に行き、まずは研究室でサーバの整備。サーバの管理用にSNMPを入れてみようと思い、いろいろやってみたが、よく考えると特にデータを取るほどのことでもないので、簡単に設定するだけでおわらせる。
 肝心の卒業研究のほうだが、昨日いろいろと調べた結果どうやら少し軌道修正をする必要が有りそうだ。一つは、求めていた関数が見つかったこと。そして、もう一つは、syslogにエラーを吐くようにするために例外処理に少々手を加えなくてはいけないこと。EMAILでの指令を受け取るために、も一つプログラムを作ろうと考えていたのだが、そちらのテストができるかどうかが怪しくなってしまったことの3つである。
 このうち最後のものは深刻である。なにせ、そのテストができない原因となっているsendmailの設定不良を直すべき人物は、他ならぬこの私自身なのだから。つまり自分で自分の首を絞める結果になっているわけだ(苦笑)だが、本当にsendmailというのはややこしい。普通にちょっと細かく設定するだけでも大変なのに、それに加えて特定人物の排除やセキュリティなどの問題が根深く絡んでくる。要するに、ここの所私は見るのが嫌になるほどにその設定に悩まされているわけだ。しかも、当然ながらプログラムを動かさなければデータは取れない(でっち上げる…それも御免だ^^;)。データが取れなければ枚数が埋まらない。枚数が埋まらなければ徹夜してでもほかの部分を書かなければならない。徹夜をするとおなかが空く。おなかが空くとご飯…おや?(笑)
 ともあれ、ここ半年以上のサーバ異常のつけがここにいたり一気に噴き出してきているわけだ。貴重な環境だと思い、半ば趣味で(^^)やっているが、さすがに少々その意見にもかげりが出始めている。来年度の管理者育成も進んでいないし。まったく、不安材料は多い。私の心労は増える一方である。

1997/12/8
 本日の一冊、シャーロット・マクラウド「ヴァイキング・ヴァイキング」
 消えてしまったものは帰ってこない。それはわかっているのだが、今もなお追い求めたくなる。
 ここにきて、バックアップというものについて考えるようになった。みんなそうだろう、データが消え、いざ自分の晩になってくるとようやく考えるようになる。それは私も例外ではない。ただ、私の場合幸いにも一ヶ月前にまとめてシステム全体のバックアップを取っておいたから、助かっただけのことだ。
 それでもやはり、ここ一ヶ月間の消えたデータは戻ってこない。アプリケーションなどはネットワークから取得してくればすむのだが、通信のログ、私信のメール(MLはコマンドで過去メール取得可能)。そのようなものは帰ってこない。それがどれほど貴重なものであるか、いかに儚く脆いものか。それを知ったのは、消えてみてからのことである。
 個人の場合ですらそうなのだ。これがもしサーバーの焼失、あるいはお金のかかったものだったりした場合は、さらに状況は悲惨になるだろう。そのために一般にはバックアップサービスや、分散環境、RAID等が存在する。FD一枚分のデータの持ち歩きにしてもそうだ。たかがFD、されどFDである。その材質に関係なく中身のデータが価値を決める。だから中身の保護には本当に神経を使うらしい。まず同じFDを二枚作る、元の環境にももちろんそのデータを残しておく、FDを防磁ケースに入れ、別々の場所に分けて持つ。さらにはノートパソコンの中にまで分散する。そうまでするのが、プロというものらしい(^^;
 さて、卒業研究の進捗状況であるが、思ったほどには進んでいない。このままでは…。
1997/12/7
 本日の一冊、D.エディングス「マロリオン物語」
 昨日の痛手からまだ抜けきれない。それを補うかのように必死に卒業研究にのめり込む。
 久しぶりにがんばれ!ゲイツ君中村正三郎のホットコーナー等を覗いてみた。それを契機に少し調べてみたのだが、M$M$IE4の極悪ぶりは予想以上のようだ。まず、例のbuffer overrun問題。セキュリティというものが馬鹿らしくなるほどにとんでもない大穴なのだが、それに対して出されたパッチを当ててみても、効果が無いときている。おまけにIE4.01をネットからバージョンアップしようとすると英語版になってしまい、システム自体が壊れることもあったらしい。その他にもいろいろと非道なことはあるのだが、それは各種信頼で切る情報源を直接読んで欲しい。ともあれいえることは、IE3.02も酷かったが、IE4.01はさらに輪をかけて極悪なプログラムだといって差し支えないことだ。今まではその不安定さやActiveX等の仕様から半ば冗談でIEを、「公式配布ウィルス」と密かに私は呼んできたが、ここにいたりもはやIE4.01は完全にウイルスであるといって差し支えないと考える程になった。私はどうせ使わないのだから、多少のごてごてとした機能増加やパフォーマンス低下、不安定性はまあ寛大な気持ちで糾弾しながらも大目に見るとしよう(そのことすら本当は耐え難いが ^^;)。だが、ここまで世間の合意を無視し、ネットワークを円滑に利用するための既存のルールを歪め、トロイの木馬といって差し支えないほどのクラッカーにとって絶好の標的を無地綱人々に善意の顔をして提供し、そして(サーバー分野ですら!)安定性を度外視してその不安定な穴だらけの環境をのほほんと提供する。しかも修正パッチが修正パッチになっておらずさらなるエンバグすら招く。独占禁止法以前に、もはや良心の問題としてその方針を非難されるべき会社である。先進を行く会社がある程度までは非難されるのは当然だろう。巨大性ゆえ似歪みが出てしまうのも仕方が無い。だが、終始一貫して非道なものには我慢できない。WINDWOS95は確かに普及している。だから、それゆえにそれなりの利便性があることも認めよう。でもだからといってその後の悪行を見逃すわけには行かない。なぜマシンを売る会社がそろいもそろってIE4をプレインストールから外したのか、なぜOffice97が声高高と非難されるのか。それでいながら、一般の雑誌にはそんな記事は出ず、しかるべき修正のための情報も無い。一般の人たちはなにが危険かすらも知らされていないのだ。これらの事実だけで、私が彼らの方針を嫌う理由としては十分である。
 だからといって、私がM$につぶれて欲しいと思っているわけではないことを知って欲しい。それなりにその普及した業績は認めている。ただその会社としての方針、その結果出てくる製品群に我慢ができないだけなのだ。

1997/12/6
 本日の一冊、「Diskstation Vol.17」
 HDDが壊れた。
 事の経緯はこうである。まず、最近マシン自体の調子が悪く、長時間連続使用しようとするとリソースが不足して落ちてしまう。そこで、最近入れたばかりのQEMM9に原因があるのではないかと考え、いったんアンインストールした後QEMM8を再び入れ直した。
 そこで、環境をもうちょっと改善しようと、レジストリをいじり出したのが敗因。誤って関連付けのところを削除してしまい、にっちもさっちも行かなくなった。どうしようもないので、Windowsを再び入れ直してみたりしながら思案することしばし。幸いレジストリのバックアップをとってあった事を思い出し、DOSモードでコピー。なんとかもとの環境を取り戻したかに見えた…。
 だが、あにはからんや。なんとDドライブが妙なボリューム名になっている。中身もおかしい。おまけに、ボリューム名を書き換えようとしても拒否されてしまう。そこで、泣く泣くそのドライブをフォーマット。一ヶ月程前にとっておいたバックアップで復旧することにした。あんまり書き換えの無いドライブなので、被害はゲームのデータやここ数日のインターネットでの収穫品だけだった。だが、その中には昨夜必死の思いで獲得したApacheや、一ヶ月間のメールの束等、各種通信ログも含まれる(--;
 それらは二度と帰ってこない。非常に痛い出来事だ。
。 バックアップの復活は思ったより手間取っている。なぜならば、CD-ROMからコピーした場合、ファイルの属性にリードオンリーがついてしまうのだ。これはかなりよろしくない。しかたがないので、悲しみをこらえつつ簡単なperlスクリプトを組んで属性を一括変更した。駱駝本の再帰の例をちょっと変更しただけの簡単なものだが、十分に役に立つ。やはりperlはこのようなときにこそ使うべきツールだ。

1997/12/5
 本日の一冊、Larry Wall and Randal L.Schwarts「Programming perl
 今日も半日卒業研究に費やす。だが、やはりちょっとした問題を発見。手元の環境では、プログラムのテストができないのだ。一応Windoze95でlocalなhttpサーバを走らせてはいるが、そこではRobotは活動できないことがわかったのだ。となると残る手はHTTPDを別のものに取り替えるか、テスト環境自体を移すしかない。私的には後者の案をとりたいところだが、あいにく現在家で稼動しているUNIXマシンは一台も無い。FreeBSD(98)も導入途中のままだ。研究室に行けばあるが、あそこでは資料がそろわない上にしなければいけない用事が多いので環境的にすごしにくい(^^;)結局、今夜ネット上で、何か探してみることにした。もちろん、当てはある。たしかApacheのWin32版がバイナリ配布されていたはずだ。それがだめでも、(Robotが動くかどうかはともかく)別の場所に行けばそれなりの心当たりはある。やはり、いざというときのために手元に環境を作っておくべきだった…。

1997/12/4
 本日の一冊、アーサー・C・クラーク「2010年」
 ふふふふふふふふふふふふふふふふふ、ちょっとショックなものを発見。これで、ますます卒業研究の論拠を固める必要が出てきてしまった。目標とするコンセプトの違いがあるのだから、その線に沿って論破しなければ。

1997/12/3
 本日の一冊、Clinton Wong「Webクライアントプログラミング」
 今日は昨日のメールサーバの設定の続きをするつもりであったが、気がついたらもう昼になっていたので、ひとまずリモートで確認だけして、卒業研究を進めることにした。telnetで探った結果は、まだ×。qpopperが動いてはいるのだが、一時ファイルがかけないらしく、スプールをうまく読んでくれない。sendmailのほうは通常時間帯なので、時間が無かったのと、リモートでsuしたくなかったので、後に回すことにした。
 さて、久しぶりにまともなプログラミングをしてみたが、なかなかに楽しい。LWPも簡単でいい。やっぱり季節に数回はプログラミングをして、勘を失わないようにして置いたほうがよさそうだ。この前後輩のCプログラミングを添削しようとして、ちょっと手間取ってしまった。あまりにもPerlの利便さになれすぎてしまったため、Cのクセを思い出すのに時間がかかってしまったのだ。4GLのRADツールがもてはやされる昨今だが、やっぱり自分でこつこつ書いていくのもいいものだ。

1997/12/2
 本日の一冊、アーサー・C・クラーク「2001年宇宙の旅」
 ようやくメールサーバが復旧できた。と、いってもそれは「おそらく」という形容詞付きでだが。今日の午後、センターから助っ人がきて、設定をしてくれたのだ。だが、その簡単に終わるかに見えた作業は、悪夢のような様相をていすにいたった。
 まず、localhostからメールを送っても /var/spool/mqueue(メールキュー) にかきこまれない。おまけにディレクトリのサイズまで異常だ。次は、ディレクトリのサイズは正しくなったものの、やはりいぜんとして書き込めない。パーミッションを直してもだめ。延年試行錯誤の結果、ステッキービットを立ててやることでなんとかキューにたまるようになった。でも、まだメールは届かない。キューへの書き込みはすることはするのだが、その内容がエラーでしかないのだ。mailを使用するさいに -r オプションをつけるのが原因らしい。これもかなり難航したが、何とか解決。原因は SYSTEM VのMail(シンボリックリンクされたmailの正体)と、Linuxのmailとの差だった。SYSTEM VのMailでは -r <address> でアドレスを指定するため、そのままもってきた設定では、妙なオプションがついてしまうことになったわけだ。そこで、気を取り直して参考文献に書いてあるCFはあきらめ、あらかじめはいっていたcfのなかからLinux用の設定を探して差し替えてみる。すると、ようやくメールが届くようになった。だが、まだだ。ざっと設定しただけなので、アドレスにホスト名などが混ざってしまう。それをなおし、サーバのメール配送経路も直して、ようやくなんとかまともに動くようになった…はずだ。はずというのは、設定変更が波及するまでに数時間かかるので、まだ試せていないからである。よって、届くことはわかるが、アドレスが正常になっているかどうかは現時点ではまだわからない。おまけにPOP3サーバのqpopperもまだ設定していない。実際に稼動するにはまだまだ時間がかかりそうだ。

1997/12/1
 本日の一冊、榎木洋子「龍と魔法使い」
 今日からもう十二月。と、いうことは卒業研究の締め切りまであと○にち(^^;;;
 さて―
 FM音源、というものを覚えているだろうか。最近はMIDIやPCMにおされて実質上影も形も無いが、FM*3、SSG*3の組み合わせで主にNECのマシンにのっていた音源である。その音色が久しぶりに聞きたくなってしまったのだ。たかがFM音源と侮るなかれ。たしかに、MIDIやPCMに比べるとかなり貧弱な音源ではあるが、それでもその特性を生かしきった音楽はまさにすばらしいものがある。曲だけ有名なスキームのように、名曲といえる曲も数多い。そんな中で、私が聞き返したいと思ったのは、PC-8801時代の音楽であった。なぜ、PC-9801ではないのか。それは、98はFMP等が普及したため、比較的高品質の曲は多いが、最上級というには物足りないものがあるからである(無論、全部狭い私の手元での話。それ以外は知るべくも無い)。当時FM音源を生かしきるために必要だった手法。それはマシン語であったのだ。表向き普通のBASICのプログラムとして組まれている音楽。しかし、それに付属したわずかなマシン語のコードが、その曲に数多くの変調をかける。結果、既成の音源ドライバでは望むべくも無いほどの効果が得られるのである。いまでもよみがえるあの音色。それはまさに原曲以上に原曲らしいといえるものであった。実際、その音楽に感動した後で、実際にその原曲を聞いてみて失望したこともある。それほどまでに練り込まれたものがあったのだ(ある種、メガデモにも通じるものがあるかもしれない ^?^)。 SSGで作られたとは思えないCOSMIC AIR WAY(ダライアス)のあのタムの音。THE MORNING GROW(YS)の圧倒的な迫力。もはや、添え物の音楽ではなく、それ単体ですばらしいプログラムであった。
 現在の技術はすばらしい。PCMやMIDI(& Emulate)で、数々の音、それこそ実際にはあるべきでないような音までつくれてしまう。だが、やはり限られた中で磨かれた美。もはや過ぎ去った過去のもの。あの、チープな音色に引かれるのは私だけではあるまい。

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