日記
When the Rain Falls Silver
1997/9/30
今日も夜は蟹鍋(昨夜の残り)。やっぱり本場物は旨い。
1997/9/29
かにかにかに〜(^^)
今朝、新婚旅行中の親戚がなんとでっかい蟹を送ってきてくれた。当然、夜即座に鍋にして食べる。美味しかった…‥アレルギーの心配がなければおなかいっぱい食べていた所だ(それでもしっかり雑炊まで食べたけど ^^;)。やっぱり蟹はいいやね〜。
ようやくDoGAのDoGA-L2が雑誌でお目見えした。これは要するに初心者用の3Dアニメーション作成ツール第二段(一段目はDoGA-L1)なのだが、今回はなんと多関節物体の表現が可能になっている。サンプルムービーでもがっしゃんがっしゃんとよく動いていた。まだ手を着けてはいないが、たのしみだ。
ついでに、同じCDに入っていたDungion Keeperなるゲームの体験版をやってみる。これは要するにダンジョン経営ゲームなのだが、定評のあるBULLFROG社だけあってなかなか画面も美しく、操作も簡単にまとまっている。モンスターの視点から自分のつくったダンジョンを見ることもできる(これがまたQuakeのように素晴らしい!)。ちょっとやっただけなので、私のダンジョンの心臓はすぐに冒険者に惨殺されてしまったが(^^)
1997/9/28
ようやくWorld PC EXPOで手に入れたものを整理してまとめてみる。
思ったよりCDが多い。が、下らぬものもまた、おおかった(笑)
1997/9/27
今日も起きたら昼だった(^^;)
で、何はともあれ自分のマシンにLaTeX2eを導入しようとしてみた。
まずは軽く奥村晴彦氏特製LaTeX2e環境を導入してみる。と、行っても単に圧縮されたファイルを展開して、ちょっと環境変数を調節するだけだが。
次に、DVI(デバイス非依存ファイル)を表示するためにDVIOUTを入れる。これは結構環境変数の設定がややこしい。Guessで自動設定ができるというので挑戦…‥撃沈。結局本を参考にしながら、ヘルプファイルをにらみつつ、なんとか数時間かけて導入完了。プリンタと画面表示のdpiが違っていたため、かなり苦労した。(え、以前(DOS版)の導入の様子?そんなもの忘れた ^^;)
なんとか表示できるようになったので次に行く。次はps(PostScript)ファイルを表示するためのGhostScriptとGhostViewの設定。本に書いてあった通りに展開して、日本語パッチ当てて…‥できた。DVIOUTとの連携にちょっと手間取ったけど、わりと素直に導入完了。有名な虎の絵を堪能する(笑)
そして、ようやく執筆環境そのもの。Mule + YaTeXの導入。
と、いっても以前から既に入れてだけはあるので、ちょちょいと修正して…‥動かない(XoX)うむ、ドキュメントを見ると.emacsにいくつか設定すればいいらしい…‥動かん。
システムはあらかた設定したと思うので、今度はbashから直接latexを起動してみる…‥へ?なんで君はカレントディレクトリのファイルを読み込んでくれないんだい。なぜ場所を示しているはずのクラスファイルを尋ねてくるんだい(泣)
何故か設定してあるはずの環境変数を見事に無視してくれる。いろいろと試行錯誤してみたが、無理。しょうがないので泣き寝入り状態でQuake(SW)を遊ぶ銀雨であった(笑)
1997/9/26
前日の疲れからか、起きたらもう昼だった。今日までに提出しないといけない書類があったので、そのためだけに(授業もないのに)大学まで2時間かけていく。
書類提出は数分で終わったが、それだけで往復4時間費やすのもしゃくなので、研究室に行き、TeX関連一式(CYGNUS TOOLS, LaTeX2e, DVIOUT, GhostScript, Ghostview, Mule32, YaTeX)を入れてきた。
結論、「Windowsでネットワーク共有かけていても、やはりDOSはDOS」
いくらいいツール入れて、必死で環境設定しても他人に渡すときに素直に行かない。まったく、もう…‥。
1997/9/25
詳細は省くが、非常に有意義な一日であった。
1997/9/24
今日は非常にいいものを手に入れてしまった。奥村晴彦著「LaTeX2e美文書作成入門」である。なぜ、これがいいかを説明しよう。
まず、第一にTeX(てふ/てっく)である。これは、非常に強力な、しかもフリーな組版システムである。つくられたのは、チューリング賞を受賞したこともあるKnuth先生。なんと自分の本を出版するために(!)わざわざつくったというまさに強者。そのシステム(TeX)を拡張したもの(LaTeX2e)だけあって、どんなに複雑な数式でもかけるし(米国数学学会御用達)、PostScriptで図版や絵をいれることもできる。目次や索引、脚注にルビ、引用や文献データベースが自由時差医。おまけにパソコンからWS, DTPサービスから写研の印刷機まですべて同じ出力が得られると言う可搬性つき。まさしく最強の組版環境の名にふさわしい。
著者の奥村晴彦氏は過去にも「LaTeX美文書作成入門」や「C言語による最新アルゴリズム辞典」などで実際にTeXを使われており、この本自体もTeXで組まれている。
そして、なにより素晴らしいのは本に付いているソフトウェア(もちろん本文も素晴らしいことはいうまでもない ^^;)。 なんと各種TeXだけではなく、Mule for Windowsや、UNIXのツールをWindowsに移植したcyGNUSのツールまでついているのだ。つまり、この本を買えばLaTeX2eのみならず、WindowsにおけるUNIX環境までもが整ってしまうのだ。これが素晴らしいという以外になんと言おうか!
1997/9/23
最近なんだか身の回り(on NET)で、恋愛の話題が多い。私が知っているだけでも日記同盟リンク中3人(!)が恋愛状態に突入しているし、
某チャットに置いてもかなり考えさせられる恋愛相談が繰り広げられている。
我が身を省みるに、なかなか心の健康に悪い状態だ(笑)
1997/9/22
気分はなおも急降下中。ここまでいくと軽い鬱といってもいいくらいだろう。
と、恒例の(?)愚痴はこれくらいにして。今日はちょっといい話を。
実は、この日記を書き始めてから延々なんだかんだしていた研究室のルータマシンがようやく完成したのだ。おまけにDHCPのおまけ付き(^^)これでNTのよけいなパケットは阻止された!
ついでに、ようやく研究室の新マシン購入のめどが立った。ものはTWO TOPのVIPシリーズ。管財課を通さないために(笑)20万円以下におさえるため、ちょっと小細工が必要なようだが。まあ、それは先生に任せよう。これでうまく行けば、卒業研究用にK6マシンが一台(私がLinux入れて使う)、ともう一台(同モデル)がはいるし、いままでの486マシンが空くので、それを自由にいぢくっていいフリーな学習用マシンにまわせる。
1997/9/21
夜、犬と一緒に散歩をしていると、様々なことが浮かんでくる。
例えば、それは詩編の一部であったり、音楽であったりする。
今日、思い浮かんできたのは、ある、RAY(というシステム)の曲。詳しいことは忘れたが、曲名を確か「悲しみのNIFTY SERVE」という曲で、私の現状に一部合っている曲だった。すこしもの悲しくて、それでいて明るい曲。
私はこれからどうするのであろうか。
1997/9/20
さて、ようやく少しは落ち着いたことだし、ここ数日の経緯を書こう。
まず、15日。私はNAIST受験のため、奈良へと旅だった。が、あまりにも順調に尽きすぎたため、ビジネスホテルへのチェックイン時間には相当の間があいてしまう。そこで、かねてよりの予定通り、NAISTへの交通手段を確かめようと、試しにいってみることにした。
が、各駅しか止まらない駅のために、数時間電車がなかったり、別の駅に行ってみたら今度は2時間に1回しかバスがなかったりと、なかなか行けない。しょうがないのでその日はバスを確認しただけで終わる。
その日の夕方、はっきり言って暇であった。いまさら確認すべき事柄はないし、夕食も散々あたりを散策した末、なんとかそこそこの店で食べることができた。その後本屋を巡ったり、古本屋(これが、毎日通いたくなるくらいの、非常にいい店だった)で暇を潰したりして、なんとか時間を潰す。
翌日、16日。受験当日。受験のためにそのNAISTに出かける・・・としたかったのだが、私は午後からの受験のため、時間がまたしても余ってしまった。チェックアウトぎりぎりまで粘ってホテルを出た後、例の古本屋で暇を潰す。そして、そこで購入した本を読みながら、喫茶店で一時間くらいの間、珈琲一杯で読みふける。(余談だが、その店の珈琲はヨーロッパ風の珈琲というものでなにやら泡立っていて、美味であった)
電車に乗って、目的の駅に着いた後、またもや時間潰しにはいる。今度はミスタードーナッツで粘ることに。延々延々粘った末、ようやくバスの来る時間に。バス停に行ってみると、見事なくらいに黒服の集団が、各個バラバラにならんでいる(笑)その中に混じって、NAISTまで行った。
まず、あらかじめ送られていた受験用紙を見せて本人確認。その後志望に関するアンケートを渡されて、控え室に入れられた。控え室ではバスの時間と面接の順番を書いた紙が張ってあり、また質問に答えてくれる人が一人いた。面接の順番は、5つのパイプラインに分けられ、それぞれのパイプラインで順番に面接をこなしていく形式だった。そして、かなりの時間待って、私の番。まずは小論文(入学してやりたいこと)に関する質問と、出身分野に関する質疑(10分, 面接官3人、かなり色々と話す)。そして、次は部屋を移して、英語(あらかじめ置いてあった紙に書かれた英文を30秒黙読の後、7?分間で発音&英訳。わからない単語はそのまま発音のこと)と数学(代数幾何からの問題が3問あって、任意の順番でいいから、10分間の間に黒板に書いて説明する)の問題があった(面接官2人、最低限以外無言 ^^;)。それが終わったら待機の場所にはもどらず、すぐにその建物から出て帰宅。私は、京都駅に向かい、そして新幹線で東京まで出た後、家路についた。
17日。親は最初から私が落ちたものとして考え、後の予定を立てている模様。なんでも最悪の場合を考えて行動しておけば、合格した時の喜びが増すそうである。まだ合否判定も出ていないのに、この悲観論とは、精神にこたえる。また、同時に合格するまで深夜のネットはまかりならんとのこと。受験の大事な時期に、何時間も深夜やっているのがいけなかったらしい。機材は全て親のもののため、反論できず沈黙。(ネットワークの彼方の人々が、既に生活の一部となっていたため)千々に乱れる心を抱えたまま、とある朋にメールを一通送り、連絡と、ネットワーク途絶による事後処理を委託する。送る方も心苦しいが、いきなり受ける方も辛いのを承知の上で。そのようなものを送り、また自分が傷つくのをわかった上で。混乱した心のまま、こっそりと、そのメールだけが送られた。
18日。大学が始まる日。研究室に行き、そちらに届いていたメールを読む。昨日送ったメールへの返信だ。はっきり言って、衝撃であった。そこに書かれていた言葉に何も言えなかった。端末の前で不覚にも涙してしまった。自らへの戒めとしてそのメールをプリントアウトする。常に目の前に置き、この日のことを忘れないために。
19日。交渉の末(?)一時間だけのネットワークの使用を許可される。その日書いた日記は、昨日届いたメールへの答えである。それしか、かけなかった。それ以外、何も書くべき事がなかったから。ただ、それだけしか伝えるものが思い浮かばなかったから。だから、それだけを書き、その日の日記とした。
一応学科のルータでDHCPを使用できるようにしたとか、ネットワークの切り分けの不備のため研究室のルータがうまく作れないなどのネタはあったが、些末な事なので却下。
そして、今日。今こうしてここ数日の日記を纏め、書いている。
1997/9/19
ありがとう。それだけしか今は言えない。
1997/9/16
受験は終わった。そう願う、若しくは単なる修辞的事実になる。それだけだ。
1997/9/14
いよいよ明日は、受験のために奈良に行く。だから、数日間日記は書けなくなるわけだが・・・・。
正直、なかなか精神的には辛い状況が続いている。数日後にこれが幾分なりとも改善していればよいのだが。
1997/9/13
今日は久しぶりに犬の散歩の時のコースを変えてみる。最近段々と短いコースになっていたのだが、それをまだ犬が若かった頃のコースに戻したのだ。理由はさしてない。あえて言えば、気分を変えたくなったのと、闇を求めたくなったからだろうか。
最近は特に町内をただ歩くことが多いので、暗い場所はほとんどない。どこに行っても人工の明かりで照らし出されていて、暗いところ等無い。そして、空もまた雲にその明かりを写し、明るくなっている。
そのような中でも、さすがにそこそこ広い公園は闇を未だ持っている。表に面している側はさすがに明るいが、裏側に回り、道路と小さな丘二つ程度離れると、木々に囲まれた芝生の空間は闇に閉ざされる。無論、道路などからの明かりが入ってくるので完全ではないが、それでも闇は闇だ。そこは、ただそこにいるだけで色々と考えることのできる空間だ。ただ、虫の声に耳を澄ましているだけでも、心に溜まったストレスが解放されてゆく。人は、闇をおそれ、駆逐してきたが、たまには闇が必要なのではないだろうか。そこにあり、考えることのできる場所が必要なのではないだろうか。
1997/9/12
最近自らに対するプレッシャーのせいで、精神状態が少々穏やかではなくなってきている。無論、それだけが原因ではないが。
ともかく、最近の私の調子は少々おかしい。自分で言うのも何だが、少々危うい方向に傾きかけてしまっている程だ。
片方は、良きにしろ悪しきにしろもうすぐ結果が出るので、一応安心なのだが。(悪しきに出たときのことを考えると決して、本当に安心できるとは言えないが)、問題はそれ以外の因だ。こればかりは私の努力だけではどうしようもない。それ故にこそ、悩む価値もまたあるという事だが、やはり心労がかかるのは事実だ。
ともかく、こうして公開している日記にまで愚痴を書きたくなる程度に、追いつめられている。この状態が果たして軽い鬱なのか、それとも重傷の前触れなのか、それは今はまだわからない。だが、少なくとも健全な精神のありようでないことだけは確か。少々のきっかけさえあれば、この様相は変わるのであろうが、それが適うのはいつの日か・・・。
1997/9/11
メールをチェックしたら、今度はメーリングリストの方にデマメールが来ていた。しかも、内容はこれまた古典的な「メールを開けるだけで感染する悪質なウィルス」の話だし(苦笑)かなり大きなメーリングリストで、しかもそれに対するメールなどもかなりの量出たので、総量としては相当のゴミメールが流れた模様。しかもメーリングリストに流れた発端はおそらく「善意」からの警告だろうし・・・。質悪すぎ。
最近はやっているのだろうか? < 悪質メールの類
卒業研究を一緒にやらないかという申し出があった。嬉しい(*^^*)
1997/9/10
よく考えたら、新作マシンに日本語入力機能を入れていなかったことに気が付いた(笑)急いでATOK10を導入する(辞書は初期化されてしまった。全部教育し直し。しくしく・・・ --;)。
(最近ここコンピュータ日誌とかしているなぁ。どうにかしよう ^^;)
。
1997/9/9
1997/9/8
ちょっとYAMAHAのMIDIエミュレータ(体験版)を導入してみたので、どれくらいのCPUを喰っているか調べてみようとした。が、何故か常にCPUはきっかり100%をさす。何をしようが寸毫の狂い無く、100%の負荷のまま。
しょうがないのでMicro$oftのKernel TOYSに入っているWINTOPを使用して、各スレッドごとのCPU占有率を細かく調査してみる。
案の定、WINDOWSフォルダの中にあるSAGE.EXEというプログラムが40%以上のCPU時間を使用している。残りはほとんどexplolerが取っているが、これはshellなので、おそらく原因ではないだろうと考え、無視する。
で、とりあえずSAGE.EXEを強制終了させて調べてみた結果、なんとMicro$oft plus!のシステムエージェントが悪さをしていることがわかった(SAGE: System AGEntだったわけだ)。
当然即座に、システムエージェントをアンインストール。めでたくCPUが解放された(バンザ〜イ!)
ちなみに、MMX対応らしい(K6を認識しているかは謎)そのMIDIエミュレータ(ソフトウェアシンセといったほうがいいかな? ^^;)のCPU占有率は大体数%の範囲でした。タスク切り替え等、その他色々と負荷がかかっているようだけど、とりあえずは満足できる成績。個人的にはXG(KORG)ではなくてGS(ROLAND)の音色の方が好きだが、なんとかMIDIが聴けるようになりました。
1997/9/7
今日は運が悪い日のようだ(^^;。
気分転換をしに、本屋に行ったらLOGINが出ていた。そこで、ぱらぱらとめくって墜落日誌をよもうとすると・・・・うぬ、DiskStation発売?で、横を見ると置いてある。
理性的にはこの時期には断固拒否のはずだが、なぜか即座にGet(笑)
で、ちょっとだけ(?)プレイしてみての感想。
「本当にいいのか、COMPILEよ」
あいもかわらず質の高すぎる内容。練り混まれたゲーム。まったく、素晴らしいものだ。
その中でも今回はGeoConflict3がお奨め(というよりこれしかまだ見ていないが ^^;)。内容はパーティを組んで迷宮を探索させるシミュレーションなのだが、迷宮の中では基本的に、プレイヤーはただじっとパーティの働きを見ているだけなのだ。これが非常に楽しい。美しい音楽と画像に支えられた確かなゲーム性を感じさせてくれる。
まあ、うだうだいってもしょうがないので具体的に書こう。
キャラクタが自動で迷宮を探索し、闘うと言うことは当然プレイヤーにとってはかなりもどかしいことである。しかも、コンピュータ操るキャラクタ達はそこそこ賢いのでなおさらだ。そこで、このような光景が出現することとなる。「おい、そっちいくな、いくなってばぁ!(曲がり角を、行きたいところとは逆に曲がってくれる)」「そこ、体力回復よりも集中攻撃!(中ボス戦でそろそろ終わろうと言うとき)」「あの、それくらいで帰らないでくれる?(気弱なキャラをリーダーにしてしまった場合)」等と、実に楽しいこと(笑)このような楽しさは「エメラルドドラゴン」で、言うことを聞かずに「回復しない」タムリンや「突撃!」ハスラム以来の楽しさである。
なお、これからプレイする人のために簡単なヒントを。まず、盗賊とエルフはほぼ毎回つれていこう。盗賊がいないと扉が開かないし、エルフがいないと一部話が進まない(笑)あと、アンチドートを誰かに持たせるか僧侶をつれていくこと。そうしないと毒を受けたとたん回復できなくて帰還、という情けない状態になってしまう。あとは好みで前衛をローテーションさせればオッケー。後、細かく上の階から毎回探索をさせての経験値&アイテム稼ぎも忘れずに。
1997/9/6
時々妙に愚痴りたくなることがある。何故か気分がめいっているときだ。
このような時、私は大抵何かに没頭して気を紛らわすことが多い。それは、ある時はイラストであったり、プログラムであったり、詩作であったり、環境の改変であったり、あるいは星詠亭のアクション書き(苦笑)であったりするのだが。
以前は色々な理由により、かなりの落ち込みをしていたが、最近はそんなに深く落ち込むことはない(単に行動を起こしていないから落ち込むほどのネタはないと言うだけかもしれないが)。だが、憂鬱なときにはその事実すらも憂鬱の題材となってしまう。全く、孤独というものは体に良くない。自動振り分けさせたら一通もメールが残らない生活も嫌だ。今はただ、希望と絶望を天秤に掛けてすごすのみ。
1997/9/5
ブッ壊れたようなDドライブは無視して、とりあえず本体をネジ止めして、配線し直して、いろいろくっつけてみて、一応の環境構築を試みる。
多少座れる場所が狭くなったが、ようやくパソコンラックに組み込み終わり、なんとか使える環境になった。
ついでに、ベースクロックを66MHzから75MHzに上げて、200MHz -> 225MHzの高速化を果たした。でも、あまりにも快適すぎて変更の差分が全然認識できない(苦笑)
1997/9/4
Micro$oft Plus!(と、いうよりdouble space3)を導入したので、今度こそはと思い、SCSIのハードディスクをつなげてみる。
・・・・全く変わりがない。アダプタのドライバが悪いのかなど色々と変更してみたが、無駄なようだ。中身は2つに切ってあるのだが、片方のドライブ(圧縮されている方)はみえるのにもう片方(圧縮してなかった方)が全然みえない。ドライブはあるのだが、「この機器は接続されていません」、でもってなにか使用としても「このドライブはロックまたは共有されています」で梨の礫。まったく困ったものだ。
まあ、そのドライブには大したものは入れていなかったので、実際の被害はさしてない
のが不幸中の幸いか。ただし、まだレジストリが初期状態に戻ったままなので、かなりの部分鍛えてやらなければ元の環境は取り戻せないと思われる。とりあえず、壊れているドライブは無視して、なんとか使えるようになっただけでもよしとしなければ。
ツール群が復活した弾みで、タブレットまで復旧してみる。さすがにCPUが変わると速い。Painterが嘘のようにすいすいと動く。これなら環境をPhotoshopから移動してもいいかなと思えるほどに、本領発揮。Photoshopだと旧バージョンのため、タブレットが敏感すぎて、思うように線がかけないが、Painterはタブレットのストロークを調節してくれるので、非常に楽に思った線がかける。素晴らしいね、全く。
1997/9/3
いくつもまぐまぐ等を利用して、メールマガジンを購読しているのだが、最近MMFなどのねずみ講、あるいはSPAMメールに対しての警告/対策法がよくのっている。今日もまたのっていたのだが、その次のメール。これがなんと、見事なまでのねずみ講(もどき)のメールであった(笑)しかも日本語訳された(らしい)修正版。あまりにも面白い内容だったので、如何に詳細を記す(もちろんどう見てもねずみ講系の話であり、関わるとロクな事がおきないどころか訴えられる可能性すらある事をあらかじめ注記しておく)。
サブジェクトを見ると「ビジネスの話」となっている。メールアドレスはxxx@tcm.comとなっているが、発信先はxxx@intersky.ne.jp。どうやらPPP接続をしている人からのメールらしい。名前も某携帯型育成ゲームの名前と、なかなかにユニークだ(ご丁寧にメールアドレスまで合わせてあるし ^^;)
その内容は「親愛なる皆様へ」からはじまり、突然のメールの非礼をわびた後、この「"MULTI LEVEL MARKETING"プログラム」というものが少額の投資で膨大な利益を上げるものであることが書かれている。そして2,3分時間を割いて欲しいというまるで宗教の勧誘のような文句も。
当然人は「またMMFと同じか・・・」と考えるだろう。しかし、それはこの発行元も十分に意識していたらしい、すぐさま次に、この方法はあくまで合法的なものであり、ごみ箱にメールを捨ててしまう前に時間をとって目を通すように進めている。この発行元はそれをやけに強調したかったらしく、この「合法的」「ごみ箱に捨ててしまう前に」といったような言葉は何度も繰り返し出てくる。くわしくは後述するが、「このメールはちまたで騒がれているチェーンレターの類ではありません」とわざわざ理由まで書いて特記してある。(ごみ箱、というにはどうやらパーソナルコンピュータユーザ目当てらしく、WSの事はかけらも考えていないらしい。ちなみにこのメールに使用されたメーラはMicro$oft Internet Mail 4.70.1161だった。なお、設定は一応まともになおしているものと見える ^^;)
さて、MMFとは違うと見せかける努力が見られるのはここから。メールの約半分の量が「成功されたほかの方からの声」と称した、延々と続くこのプログラムへの賛辞に当てられている。しかも、それはがまたよくある雑誌広告のようで、「うっかり捨ててしまった私」「人生にたなぼたはない?」「感動の一言に尽きる」といういかにもなタイトル。しかも内容は全て「私はこうして●●した」「捨ててしまわないで良かった」「●●したおかげで私は」的なまさに古典的怪しさ爆発の内容。私は思わず声を上げて笑ってしまったほどである(~o~)
そして、ようやくその「プログラム」とやらの内容の説明が始める。が、これが賛辞混じりなだけに、なかなか要領を獲ない。なんとか読解してみた結果、以下のようなものらしいことがわかった。
1. その犠牲者(笑)はまずメールに書いてある住所に5$を送って、REPORT(#1から#4まである。それぞれ住所は違う)を注文する。この中には「Multi Level Marketing Program の合法性」「メールアドレスの入手方法」「郵便について」「Multi Level Marketing Program のひろがり」といったやり方に関するハウツーと役に立つビジネス手法が書いてあるらしい(よく読むと、全て英語表記!)。
2. 次に、REPORT#1の住所を#2に、というようにずらしていって#1の所に自分の住所を書く(ほら、ねずみ講らしいでしょ ~~)
3. 修正した物を保存する、念のためににバックアップも取っておく(笑)
4. 電子メールでひたすらにばらまく(これ自体が十分SPAMだって ^^;)。まずは、お友達や家族にこのすばらしいプログラムを送ってあげると、感謝されるらしい(爆)
5. あらかじめ#1〜#4を購入しておき、注文が来たら自分のをコピーして送る。
もう、怪しさ大爆発の手法である。が、一応、合法性についてはこういったことが書いてある(無論そんなもので合法的になるなどとは、私は全然思っていないけど)。まず、この手法は「お金を払うと、それに見合った商品がついてくる」(レポートのノウハウのことか?)のできちんとした商売である、「アメリカ合衆国では"MULTI LEVEL MARKETING"プログラムを進めるに当たり、だれもがパートナーと提携しビジネスを展開することを法的に認めています」(ここがまず疑わしいし)、他にも、「アメリカ合衆国郵便法セクション1302の項目1341」とやらを引用してもっともらしくみせかけていたり(ここは日本なんだが ^^;)、到着までにすることとして、「実名または任意の会社名をつくる」「私書箱か局留めを用意する」などが書いてある。(ようは、煙に巻いているだけだと私などは思うのだが)
最後は、西洋の諺を引用し、このプログラムに参加しないことがいかに愚かということが改めて書かれている。なお、メールの全文に目を通すだけでも、冒頭に書かれていた2,3分をはるかに超える時間がかかったことだけは注記しておこう(@_@)
まったく、典型的なSPAM & CHAIN LETTERであった。が、世にあふれるとんでも本と同じく、読んで笑う分には面白い。久しぶりに楽しいメールを読むことができた(笑)
さて、ではネタにもしたし、そろそろお望み通りごみ箱に捨てて上げるとしよう(ぽいっとな♪)
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1997/9/2
はは、今日は大学に行こうかと思っていたけれど、起きてみたら午後(^^;
仕方がないのでマシンの整備でも・・・・っと、デバイスを入れるのに失敗して、再インストールする羽目になってしまう。結局それでも治らなくて、なんとか回避策をとって使える状態にする(IDEのドライバが壊れると本当に怖いということがわかった。safeモードでないとHDD読み込んでくれないんだもん ^^;)。
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1997/9/1
今日の新聞は一面ダイアナさんののことばかり。バイト中にasahi.comをのぞいてみたら、早速特集が組まれていた。
そういえば先日のFDDの問題は無事解決。なんとFDDケーブルが逆に刺さっていただけという物だった(だって突起が出ていないからどちらにでもさせるんだもんな〜^^;)。アドバイスをくれた社長に感謝!