日記
When the Rain Falls Silver
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1997/9/30

 今日も夜は蟹鍋(昨夜の残り)。やっぱり本場物は旨い。

1997/9/29

 かにかにかに〜(^^)
 今朝、新婚旅行中の親戚がなんとでっかい蟹を送ってきてくれた。当然、夜即座に鍋にして食べる。美味しかった…‥アレルギーの心配がなければおなかいっぱい食べていた所だ(それでもしっかり雑炊まで食べたけど ^^;)。やっぱり蟹はいいやね〜。
 ようやくDoGAのDoGA-L2が雑誌でお目見えした。これは要するに初心者用の3Dアニメーション作成ツール第二段(一段目はDoGA-L1)なのだが、今回はなんと多関節物体の表現が可能になっている。サンプルムービーでもがっしゃんがっしゃんとよく動いていた。まだ手を着けてはいないが、たのしみだ。
 ついでに、同じCDに入っていたDungion Keeperなるゲームの体験版をやってみる。これは要するにダンジョン経営ゲームなのだが、定評のあるBULLFROG社だけあってなかなか画面も美しく、操作も簡単にまとまっている。モンスターの視点から自分のつくったダンジョンを見ることもできる(これがまたQuakeのように素晴らしい!)。ちょっとやっただけなので、私のダンジョンの心臓はすぐに冒険者に惨殺されてしまったが(^^)
 

1997/9/28

 ようやくWorld PC EXPOで手に入れたものを整理してまとめてみる。
 思ったよりCDが多い。が、下らぬものもまた、おおかった(笑)
 

1997/9/27

 今日も起きたら昼だった(^^;)
 で、何はともあれ自分のマシンにLaTeX2eを導入しようとしてみた。
 まずは軽く奥村晴彦氏特製LaTeX2e環境を導入してみる。と、行っても単に圧縮されたファイルを展開して、ちょっと環境変数を調節するだけだが。
 次に、DVI(デバイス非依存ファイル)を表示するためにDVIOUTを入れる。これは結構環境変数の設定がややこしい。Guessで自動設定ができるというので挑戦…‥撃沈。結局本を参考にしながら、ヘルプファイルをにらみつつ、なんとか数時間かけて導入完了。プリンタと画面表示のdpiが違っていたため、かなり苦労した。(え、以前(DOS版)の導入の様子?そんなもの忘れた ^^;)
 なんとか表示できるようになったので次に行く。次はps(PostScript)ファイルを表示するためのGhostScriptとGhostViewの設定。本に書いてあった通りに展開して、日本語パッチ当てて…‥できた。DVIOUTとの連携にちょっと手間取ったけど、わりと素直に導入完了。有名な虎の絵を堪能する(笑)
 そして、ようやく執筆環境そのもの。Mule + YaTeXの導入。
 と、いっても以前から既に入れてだけはあるので、ちょちょいと修正して…‥動かない(XoX)うむ、ドキュメントを見ると.emacsにいくつか設定すればいいらしい…‥動かん。
 システムはあらかた設定したと思うので、今度はbashから直接latexを起動してみる…‥へ?なんで君はカレントディレクトリのファイルを読み込んでくれないんだい。なぜ場所を示しているはずのクラスファイルを尋ねてくるんだい(泣)
 何故か設定してあるはずの環境変数を見事に無視してくれる。いろいろと試行錯誤してみたが、無理。しょうがないので泣き寝入り状態でQuake(SW)を遊ぶ銀雨であった(笑)

1997/9/26

 前日の疲れからか、起きたらもう昼だった。今日までに提出しないといけない書類があったので、そのためだけに(授業もないのに)大学まで2時間かけていく。
 書類提出は数分で終わったが、それだけで往復4時間費やすのもしゃくなので、研究室に行き、TeX関連一式(CYGNUS TOOLS, LaTeX2e, DVIOUT, GhostScript, Ghostview, Mule32, YaTeX)を入れてきた。
 結論、「Windowsでネットワーク共有かけていても、やはりDOSはDOS」
 いくらいいツール入れて、必死で環境設定しても他人に渡すときに素直に行かない。まったく、もう…‥。

1997/9/25

 詳細は省くが、非常に有意義な一日であった。

1997/9/24

 今日は非常にいいものを手に入れてしまった。奥村晴彦著「LaTeX2e美文書作成入門」である。なぜ、これがいいかを説明しよう。
 まず、第一にTeX(てふ/てっく)である。これは、非常に強力な、しかもフリーな組版システムである。つくられたのは、チューリング賞を受賞したこともあるKnuth先生。なんと自分の本を出版するために(!)わざわざつくったというまさに強者。そのシステム(TeX)を拡張したもの(LaTeX2e)だけあって、どんなに複雑な数式でもかけるし(米国数学学会御用達)、PostScriptで図版や絵をいれることもできる。目次や索引、脚注にルビ、引用や文献データベースが自由時差医。おまけにパソコンからWS, DTPサービスから写研の印刷機まですべて同じ出力が得られると言う可搬性つき。まさしく最強の組版環境の名にふさわしい。
 著者の奥村晴彦氏は過去にも「LaTeX美文書作成入門」や「C言語による最新アルゴリズム辞典」などで実際にTeXを使われており、この本自体もTeXで組まれている。
 そして、なにより素晴らしいのは本に付いているソフトウェア(もちろん本文も素晴らしいことはいうまでもない ^^;)。 なんと各種TeXだけではなく、Mule for Windowsや、UNIXのツールをWindowsに移植したcyGNUSのツールまでついているのだ。つまり、この本を買えばLaTeX2eのみならず、WindowsにおけるUNIX環境までもが整ってしまうのだ。これが素晴らしいという以外になんと言おうか!

1997/9/23

 最近なんだか身の回り(on NET)で、恋愛の話題が多い。私が知っているだけでも日記同盟リンク中3人(!)が恋愛状態に突入しているし、 某チャットに置いてもかなり考えさせられる恋愛相談が繰り広げられている。
 我が身を省みるに、なかなか心の健康に悪い状態だ(笑)
 

1997/9/22

 気分はなおも急降下中。ここまでいくと軽い鬱といってもいいくらいだろう。
 と、恒例の(?)愚痴はこれくらいにして。今日はちょっといい話を。
 実は、この日記を書き始めてから延々なんだかんだしていた研究室のルータマシンがようやく完成したのだ。おまけにDHCPのおまけ付き(^^)これでNTのよけいなパケットは阻止された!
 ついでに、ようやく研究室の新マシン購入のめどが立った。ものはTWO TOPのVIPシリーズ。管財課を通さないために(笑)20万円以下におさえるため、ちょっと小細工が必要なようだが。まあ、それは先生に任せよう。これでうまく行けば、卒業研究用にK6マシンが一台(私がLinux入れて使う)、ともう一台(同モデル)がはいるし、いままでの486マシンが空くので、それを自由にいぢくっていいフリーな学習用マシンにまわせる。

1997/9/21

 夜、犬と一緒に散歩をしていると、様々なことが浮かんでくる。
 例えば、それは詩編の一部であったり、音楽であったりする。
 今日、思い浮かんできたのは、ある、RAY(というシステム)の曲。詳しいことは忘れたが、曲名を確か「悲しみのNIFTY SERVE」という曲で、私の現状に一部合っている曲だった。すこしもの悲しくて、それでいて明るい曲。
 私はこれからどうするのであろうか。

1997/9/20

 さて、ようやく少しは落ち着いたことだし、ここ数日の経緯を書こう。
 まず、15日。私はNAIST受験のため、奈良へと旅だった。が、あまりにも順調に尽きすぎたため、ビジネスホテルへのチェックイン時間には相当の間があいてしまう。そこで、かねてよりの予定通り、NAISTへの交通手段を確かめようと、試しにいってみることにした。
 が、各駅しか止まらない駅のために、数時間電車がなかったり、別の駅に行ってみたら今度は2時間に1回しかバスがなかったりと、なかなか行けない。しょうがないのでその日はバスを確認しただけで終わる。
 その日の夕方、はっきり言って暇であった。いまさら確認すべき事柄はないし、夕食も散々あたりを散策した末、なんとかそこそこの店で食べることができた。その後本屋を巡ったり、古本屋(これが、毎日通いたくなるくらいの、非常にいい店だった)で暇を潰したりして、なんとか時間を潰す。
 翌日、16日。受験当日。受験のためにそのNAISTに出かける・・・としたかったのだが、私は午後からの受験のため、時間がまたしても余ってしまった。チェックアウトぎりぎりまで粘ってホテルを出た後、例の古本屋で暇を潰す。そして、そこで購入した本を読みながら、喫茶店で一時間くらいの間、珈琲一杯で読みふける。(余談だが、その店の珈琲はヨーロッパ風の珈琲というものでなにやら泡立っていて、美味であった)
 電車に乗って、目的の駅に着いた後、またもや時間潰しにはいる。今度はミスタードーナッツで粘ることに。延々延々粘った末、ようやくバスの来る時間に。バス停に行ってみると、見事なくらいに黒服の集団が、各個バラバラにならんでいる(笑)その中に混じって、NAISTまで行った。
 まず、あらかじめ送られていた受験用紙を見せて本人確認。その後志望に関するアンケートを渡されて、控え室に入れられた。控え室ではバスの時間と面接の順番を書いた紙が張ってあり、また質問に答えてくれる人が一人いた。面接の順番は、5つのパイプラインに分けられ、それぞれのパイプラインで順番に面接をこなしていく形式だった。そして、かなりの時間待って、私の番。まずは小論文(入学してやりたいこと)に関する質問と、出身分野に関する質疑(10分, 面接官3人、かなり色々と話す)。そして、次は部屋を移して、英語(あらかじめ置いてあった紙に書かれた英文を30秒黙読の後、7?分間で発音&英訳。わからない単語はそのまま発音のこと)と数学(代数幾何からの問題が3問あって、任意の順番でいいから、10分間の間に黒板に書いて説明する)の問題があった(面接官2人、最低限以外無言 ^^;)。それが終わったら待機の場所にはもどらず、すぐにその建物から出て帰宅。私は、京都駅に向かい、そして新幹線で東京まで出た後、家路についた。
 17日。親は最初から私が落ちたものとして考え、後の予定を立てている模様。なんでも最悪の場合を考えて行動しておけば、合格した時の喜びが増すそうである。まだ合否判定も出ていないのに、この悲観論とは、精神にこたえる。また、同時に合格するまで深夜のネットはまかりならんとのこと。受験の大事な時期に、何時間も深夜やっているのがいけなかったらしい。機材は全て親のもののため、反論できず沈黙。(ネットワークの彼方の人々が、既に生活の一部となっていたため)千々に乱れる心を抱えたまま、とある朋にメールを一通送り、連絡と、ネットワーク途絶による事後処理を委託する。送る方も心苦しいが、いきなり受ける方も辛いのを承知の上で。そのようなものを送り、また自分が傷つくのをわかった上で。混乱した心のまま、こっそりと、そのメールだけが送られた。
 18日。大学が始まる日。研究室に行き、そちらに届いていたメールを読む。昨日送ったメールへの返信だ。はっきり言って、衝撃であった。そこに書かれていた言葉に何も言えなかった。端末の前で不覚にも涙してしまった。自らへの戒めとしてそのメールをプリントアウトする。常に目の前に置き、この日のことを忘れないために。
 19日。交渉の末(?)一時間だけのネットワークの使用を許可される。その日書いた日記は、昨日届いたメールへの答えである。それしか、かけなかった。それ以外、何も書くべき事がなかったから。ただ、それだけしか伝えるものが思い浮かばなかったから。だから、それだけを書き、その日の日記とした。
 一応学科のルータでDHCPを使用できるようにしたとか、ネットワークの切り分けの不備のため研究室のルータがうまく作れないなどのネタはあったが、些末な事なので却下。
 そして、今日。今こうしてここ数日の日記を纏め、書いている。
 

1997/9/19

ありがとう。それだけしか今は言えない。

1997/9/16

 受験は終わった。そう願う、若しくは単なる修辞的事実になる。それだけだ。

1997/9/14

 いよいよ明日は、受験のために奈良に行く。だから、数日間日記は書けなくなるわけだが・・・・。
 正直、なかなか精神的には辛い状況が続いている。数日後にこれが幾分なりとも改善していればよいのだが。

1997/9/13

今日は久しぶりに犬の散歩の時のコースを変えてみる。最近段々と短いコースになっていたのだが、それをまだ犬が若かった頃のコースに戻したのだ。理由はさしてない。あえて言えば、気分を変えたくなったのと、闇を求めたくなったからだろうか。
 最近は特に町内をただ歩くことが多いので、暗い場所はほとんどない。どこに行っても人工の明かりで照らし出されていて、暗いところ等無い。そして、空もまた雲にその明かりを写し、明るくなっている。
 そのような中でも、さすがにそこそこ広い公園は闇を未だ持っている。表に面している側はさすがに明るいが、裏側に回り、道路と小さな丘二つ程度離れると、木々に囲まれた芝生の空間は闇に閉ざされる。無論、道路などからの明かりが入ってくるので完全ではないが、それでも闇は闇だ。そこは、ただそこにいるだけで色々と考えることのできる空間だ。ただ、虫の声に耳を澄ましているだけでも、心に溜まったストレスが解放されてゆく。人は、闇をおそれ、駆逐してきたが、たまには闇が必要なのではないだろうか。そこにあり、考えることのできる場所が必要なのではないだろうか。

1997/9/12
1997/9/11
1997/9/10
1997/9/9
1997/9/8
1997/9/7
1997/9/6
1997/9/5
1997/9/4
1997/9/3
1997/9/2
1997/9/1
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