日記
When the Rain Falls Silver
1997/8/31
本日、ついにカウンターが一万人を突破!
研究室のゼミでつくったProject Aquieriusからはじめて、星詠亭となってから、幾度もの改訂。約一年がかりで、ようやくここまでたどり着きました。これも皆様のおかげですね(多謝多謝)
そういえば、星詠亭のアクションは締め切ったが、現在執筆できる環境がない。現在旧マシンをばらして、その部品と新しく買った部品でミドルタワーのK6パソコンを組み立てているのだが、それがまだ終わっていないのだ。なにしろ、ハードウェア設定丸ごと再インストールしたため、FDDがまだ認識されていない(笑)おまけにグラフィックカードも暫定の物。挙げ句の果てにはDoublespace3で圧縮したドライブを使用していたため、外付けのハードディスクに入れて置いたデータが使用できない(爆)
だからまだ、IDEのCドライブとATAPIのCDしか利用できない。もっとも、これでも動作確認には十分。古い環境では重すぎた物を色々と動作させてみたが、これが速い速い(^v^)さすがDX2-66MHzからK6-200MHzに乗り換えたかいがある。いくつか実例を挙げてみよう。まずはDOSのゲームHIOCTANE(BULLFROG)。レースゲームなのだが、古い環境ではDOSで、しかも最低にまで環境を落としていても重かった。それが、フルにオプションをつけて、なおかつWindows95のDOS窓(FullScreenMode)で実行させてみると、トンネル内(そういえば今日ダイアナさんが亡くなられたそうで --;)などの一部を除き、非常に快適に動き回る。グラフィックカードをきちんとした物にして、DOSで動かせば完全にストレス無く動きそうだ。次に良くできたMIDIエミュレータであるFPD95(のかなり古いバージョン ^^;)。11KHz付近でも辛かった物が、44.1KHz、リヴァーブ・コーラス付き、という最高に重い設定で、激しい曲を演奏させてみてもあっさりと動いてしまう。なんと、どんなに負荷がかかっていてもCPU負荷50%を超えなかった(爆)MMX命令非対応でこれだから、K6の力技が如何にすさまじいかがよくわかる。
これからの環境復旧が楽しみでしかたがない(笑)
1997/8/30
今日は大学に行って演習室のルータの設定をする。FreeBSDのバージョンを(無理矢理)変えてみたのだが、やはり同じところで詰まる。ifconfigで2枚目のイーザボードを設定しようとすると、エラーを出してしまうのだ。
色々試行錯誤の結果、以上のような回避策でなんとかしのげることがわかった。
ifconfig ed0 ex-rt netmask 255.255.255.128 # まず一枚目を設定して
ifconfig ed0 down # カードを使用しないようにする
ifconfig ep0 exsvr netmask 255.255.255.128 # そいでもってもう一方を設定
ping -c 1 exsvr # 一回だけpingして
ifconfig ed0 up # 一枚目を元に戻す
これを、通常の(お手軽)設定ルーチンを無視して、もうちょっと後の方に「直接」組み込み、なんとか双方のインターフェースが認識されるようになった。なんだかな〜もう(--;
ま、これで研究室のルータもまともになるだろう(やってることは同じだし ^^;)
1997/8/29
かねてよりの計画を実行に移す。私のパソコンのグレードアップ計画だ。現在使用しているマシンのスペックはi486DX2(66MHz)、数年前のスペックであり、文章を書く程度ならば結構いいのだが、ゲームなどをやろうとするのは無謀としかいいようがない。(ちなみに、それでも優秀なゲームは楽しく遊べる。一昔前、このスペックで超速のフライトシミュレータが動いていたし ^^;)
そこで、今回思い切って部品を買って快適になろうと、秋葉原に乗り出したわけだ。買う予定の品は大まかに分けて次の3つ、マザーボード、CPU(AMD K6-200Mhz)、そしてミドルタワーケース(ATX)である(その他にもCPUファンとかグリスとかネジとかケーブルとかあるが、省略)。CPUをK6にしたのは、今更Pentiumを買う気にもなれないが、MMXは嫌いだったこと、値段がかなり手頃なところまで落ちていたことが選択の理由である。元々はクロック166MHzの物を考えていたが、メールマガジンなどで調べてみると、27.8K程度にまで値段が落ちてきているのでそちらに変えた。ATXで組もうというのは、単なる将来を見越した投資である。じゃあなぜSocket7かと聞かれそうだが。単なる趣味である・・・・いや、単にSocket8は将来性がないし(PetiumProのみのため、サーバー用ならいいが、個人用には辛い)、Slot1は嫌し第一高い。値段の点からも従来からのものにすることにした。ちなみに初期時点ではチップセットは決めていなかった。
秋葉原について、まずは一通り見て回る。ケースなどは予算とにらめっこですぐに決まった。マザーボードはかなり迷ったが、最初に目をつけて置いたメルコ製のTXチップセットのボード(MTMV-XT5、当然K6対応)が安いところを見つけ、それに決める。予定では一応GIGABYTE当たりを念頭に置いていたのだが、値段に破れる(笑)
で、CPU。K6ははじめTWOTOP等を見て回ったのだが、在庫無し。ようやく見つけた所はほぼ予想していた額の27.8K。もう少し見て回ると、26.98Kそして、26.8Kのところが見つかったので、そこにする。店員に「これ、K6-200MHzいけますよね」と聞くと、「ええ、でも233MHzはやめておいた方がいいです。マニュアルには対応とありますが、ちょっと・・・」「熱ですか?」「ええ」「WINDYのCPUクーラですから、大丈夫ですよね♪」と、念押しの末購入。とって返して、予定していたCPUクーラ(WINDY)を「これ、2ピンとありますが、どういうマザーボード対応なんですか?」「物によっては3ピンと2ピンの物があるんですよ」マザーボードの型番を言うと、階下に電話して調べてくれて2ピンだと確認してくれる。で、シリコングリスなど小間物と共に購入しようとすると「このクーラはサンヨー並に冷えますから、グリスいりませんよ」「でも、あって損になる物ではないですよね」「ええ、まあ(苦笑)」という具合に細かなことまで教えてくれた。本当にいい人だ〜(笑)
重い荷物抱えて(ケースがなによりかさばるし重い!ちなみに家まで約2H! ^^;)なんとか電車と自転車乗り継いで帰宅。さっそく組立に入る。
・・・・数時間経過・・・・
「ふ・・・・」かなり、重要なことを忘れていたことに気づく。その対策が終わるまで、マシン自体はまともに使用できない。単純なことだが、すっぽりと抜け落ちてしまっていた。よって、本日は組立途中のまま、寝ることになる(合掌)
なお、本日の買い物、ATXミドルタワー、ATXマザーボードMTMV-XT5、CPU AMD K6 200MHz!、CPUクーラWINDY、放熱用シリコングリス、各種ネジセット、ATAPIオーディオケーブル、ジャンクEDOメモリ8MB60ns*2、総計およそ70Kの、久々に大きな買い物であった。
1997/8/28
今日はMagicalさんのページでの(たしか)「あき迎撃」オフ会があった。たしか、と括弧付きでつけたのは他でもない、前回のオフの時の主役、関西人の某薬用石鹸男がまたもや来ていたのだ(なんでも青春18切符を使い切りたかったそうだが ^^;)。ともかく、今回のオフは目的が曖昧なままスタートすることとなる。
まずは待ち合わせ時間の30分前に待ち合わせ場所(新宿アルタ前 :-p)に着く。なんと・・・・・先に人がいた。それもいっぱい(笑)通常のオフ会では、待ち合わせ時間を過ぎないと人が来ないことが多いが(そして、光画部時間の適用も ~~)、今回は幹事が「15分しか待たない」と明言していたため、例外的に速く集まったらしい。が、幹事も幹事(のはずだった人)もいっこうに来ない。結局、待ち合わせ時間までにほぼ全員が集まり、幹事が一番遅れる結果となった。なお、何故かそこには仕事仲間を連れた謎の男がいたが、無視するとしよう(なんでもその後打ち合わせをしようとした・・・らしいが、結局30日に繰り越しとなったそうだ。プロのハズなのに、なにやっているんだか ^^)その人達に残りの人の誘導を頼み、黄色い潜水艦のハイパーアリーナへと急ぐ。
(一部事前に決定していたこともあり)卓分けも済もうかという頃、ようやく遅れた人がやってきた。(日記で調べてみると6月末から会っていない人なので)かなり懐かしい。同じ卓になったので、食事の時などに色々と楽しく話す。そして、TRPGの開始。今回のシステムは某Kさん(笑)マスターのトーキョーN◎VA。プレイヤーは私(銀雨)と[性別不明]ゆっけさんと[可愛い]水瀬嬢の3人。キャラクターシートは手元になかったのだが、(クルードなので)ロールプレイを重視して、記憶を元にして私は以前使用したキャラクタを使うことにする。チャクラ◎、マヤカシ、クロマク●というなかなか美味しいキャラクタ。今回もまた、そのクロマクぶりが十分に活かされた活躍となった・・・・とかきたいところだが。実際には前半非常にカード運に恵まれず(全部使えないカードの時もあった)、マスターが予想していた情報収集手段のほとんどを失敗に終わらす結果となる(XoX)結果、プレイはかなり停滞。情報収集に非常に苦労する結果となってしまった。最後は悪の秘密工場(!)に忍び込んで大乱闘。マスターのカード運が良すぎたため、ボスがなかなか死なないなどのアクシデントもあったが(絵札ばっかりひくんだもんな〜)、無事エンディング。闇に染まるもの、闇へ帰るもの、そして、心の片隅に思い出を残す者を全て抱き、NOVAの夜は更けていった。(というエンディングだった)
ここまでが一次会の様子。そのあと関西からの闖入者をつれて、皆は二次会に行ったようだが、私は予算上の都合でパス。多分、今頃参次会あたりになって、散々酔っぱらっていることだろう。合掌(_._) > 自滅するM
1997/8/27
大学に行って演習室の設定をする。なんでもウチの研究室の先生(助教授)がリモートセンシングのセミナーで使うそうだ。
予定では、こうだった。まず、ルータ(Or FireWall)としてFreeBSDを用意。それを介してHUB4つのカスケードでわらわらあるクライアントPCにつなげる。ユーザの認証にはNT4.0 SVRを使用。クライアントはNT4.0 WSかWindows 95。当然ながら、ルータはIPフィルタリングさせ、NTのくそたわけたパケットを極力排除する。HTTP, FTP, NNTP, Telnet, POP, SMTPは全てルータ上ののDelegeteで中継、余裕があればWIDE-DHCPをFreeBSDでやる。アプリケーションサーバーはNTにやらせる。これが、大体の予定だった。
が、実際には。
先日買いに行ったらNT4.0SVRは置いていない。でもって別の業者に頼もうとしたらちょうどお休み。
で、一応部品は揃っていたので(と、いっても旧式の妙なマシンの補助程度だが ^^;)私はルータを作り始めた。まず、ネットワーク構成の確認。ハブが1,2,3,4・・・たくさん。なんと4個以上もある(笑)そのうち、使用するのはカスケード接続した4つのみにし、残りのハブは使用しないことにする。口が余っていればFirewallあきらめて、上位からハブ直接続の簡易版をとりあえずつくろうと考えていたのだが、これはあきらめることにした。
早速某コントリビュータ執筆本(笑)を片手にFreeBSDを入れ始める。軽くインターフェース(NE2000互換 10BASEボード。10BAST-5で使用)の設定をOpenDOSからして、カーネルのみのソースでインストール。しばらく待つと、立派なシステムができあがった(^^)が、何故かインターフェースが反応しないこと数度。単純に錯綜したコネクタを間違えていたり、インターフェース自体の設定に問題があったりするなど、様々な苦難を乗り越え、ようやく一つのインターフェースでの外部への接続は完了した(UN*XはいっつもNCの設定で苦労する。これ以外の苦労はほとんどない ^^;)。無事、pingも通り、もう一つのインターフェースの設定に挑戦する。
今度使用したのは3c509TP(というチップを使った製品。EtherLink IIIという名前もあるが、一般的にはチップ名の方が通りがいい ^^;)なので、何もせずにそのままkernel -cでデバイスを選ぶだけでOK。コンフリクトしないように先ほどのボードは設定してあるので、何も問題なくつながるはずであった。だが、何度やってもpingが通らない。クライアントに研究室から借り物のLibletto50を持ってきて、つなげて調べてみたが、やはりpingが通らない。それどころかGatewayの設定をしているはずなのに、もう片方のインターフェースにも届かない。どうやら完全に3c509TPは沈黙しているようだ。ボードを余っていたNE2000互換に変えてみたり、スロットの位置を変えてみたり、挙げ句の果てには設定が混乱しすぎたので再インストールしたり(ぉぃ)色々やってみました。でも、だめ。どうやら調べた結果、インターフェースの設定に使用するifconfigというコマンドに原因があるとわかった。片方を設定してから、もう片方を設定しようとすると、エラーが出てはじかれてしまい、先に設定した方しか動作しない。だが、netstat -inで見ても、ifconfigで見ても、設定自体はされているように見える。(無論、実際にはつながっていないので100%パケットロスだが ^^;)困ったものだ。
結局、古いバージョンのものを使っていたので、新しいバージョンをネットワーク経由でGetして使用することにする。が、これがまた一苦労。何故かというと正式なバージョン名が手元では素直ににわからなかったのだ。その時使っていたバージョンは2.2.1-RELEASE。すなおに2.2.2-RELEASEを使えばいいのだが、そのバージョンから設定方法が一部変更になっているのを知っていたので、安定バージョンの2.1ブランチの物を手に入れようとした。「たしか、2.1.7-RELEASEだよな〜」と、探してみたのだが、これが実は間違っていた。何度繰り返してみても取得できない。結局Libletto50の設定を変更して無理矢理余っていたハブ経由でftpして調べてみると、なんと2.1.7.1-RELEASEというフィックス版になっていた。そうして、ようやくネットワーク経由でインストールすることに成功する。
いいかげん予定を過ぎて遅くなっていたのでそこで終了。残りは後日、ということになった。
PS. DelegateもWIDE-DHCPも、設定したのに消えてしまった。シクシクシク・・・・。
1997/8/26
今日は願書の提出日!郵便局が開いたら即座に速達で申し込んだ。で、家に帰ってみると、相当気疲れが溜まっていたらしく午後まで熟睡してしまう。なんとかバイトまでには間に合ったが、おかげで時間が無くてLaTeXのインストールが途中までしかできなかった。(あと.emacs編集すればいいだけだけど ^^;)
そういえばバイト先でちょっと時間が余ったのでGif Wizardを見に行く。要するにアニメーションGIF(GIF89a)を最適化してくれるサイトなのでが、その最適かぶりがすさまじい。GIFではLZWという圧縮方式を利用しているのだが、なんでもこのサイトはすさまじいことに、その圧縮がしやすいようにフレームを切り分けて圧縮しているらしい。事実、大体のアニメーションGIFは40% - 60%程度までサイズが小さくなっていた。画面の一部が書き変わるだけのアニメーションには絶大な効果が期待できる。さすが、ハッカーがつくったサイトだけのことはある。素晴らしい!まさに、最高のハッキングだ!
(注)ハッカー(Hacker)というのはグル(Guru)やウィザード(Wizard)等と同じく達人を示す尊称である。日本では破壊活動を行う物の意味で用いているが、これは誤り。正確にはそのような破壊的なハッカーはクラッカー(Clacker)と呼ぶ。くれぐれもこの用語は正確な意味でのみ使用するようにしよう。
なお、これらの称号は周りが言うものであって、普通は自称する類のものではない。念のため(^^;
1997/8/25
明日はいよいよNAISTへの願書提出日。と、いうことで今更ながら書類とりに(ぉぃ)大学に行って来た。
一時一寸前に教務課に行ったら「一時〜二時は休みです」の張り紙で、健康診断書を取りに保健室に行ったら「一時まで昼休みです」。まったく・・・(^^;
結局研究室で二時半頃までなんだかんだで暇をつぶし、取りに行ってきました。で、家に帰って小論文をプリンタで出力し、書類一式完了!
1997/8/24
今日は午後からバイト先(ふれあいインターネット)での飲み会があった。で、時間になったので出かけたわけだが。そこに集まってきたのは社長一家(1歳ちょっとのお子さま含む)と、Aさん一家(やはりお子さまずれ)、Kさん一家(姐弟二人)、Hさん、そして、私。子供達の強烈なパワーに私はただ、すわってぼ〜っとしているしかできなかった。本来ならば私とほぼ同年代の人が3人来るはずなのだが、待てども待てども来ない。そのうち、Hさんの料理(スパゲティでつくったパエリアみたいなもの、らしい?)も出来上がり、食べ始めることに。その前にAさんが持ってきたベビースターがテーブルの上に出ていたのだが、これがまあ散らかること散らかること。食事ができたことにはすっかり辺り一面にベビースター屑が散らかっていた。しばらくしてようやくYさん(私よりちょい上)が登場。が、あいかわらず子供達の猛攻は続く。
7時頃、AさんとKさん一家が帰られたので、家は一気に静かになった。そして、噂をしているとTさん登場。かなりたって、Tさんが帰った直後、ようやくY(2)(笑)さんが現れた。なんだかんだと話しつつ、私はそれからしばらくして退場。
今日の結論 : お子さま達には気をつけろ(笑)
1997/8/23
バージョンアップしていたので、秀丸エディタを入れ直す。今回はEUCとJISが自動判別できるようになっていて、なかなかいい感じだ。いままでそこが不満だったので、今回の改善には非常に満足している。ただし、半角かな(要するに1byte仮名文字)を先頭の方で使用すると、判別に失敗するようだ。が、心配はないだろう。私が扱うのは主に文章とプログラムとHTML文書。このうちプログラムとHTMLには当然ながら半角カナが混じる余地はないし、文章もその手の文章は全てNiftermで処理しているので、実質的には問題がない。
これで、Muleの環境が揃えば、エディタは完璧だ(笑)
余談。昨夜ソフトをGETするついでに久しぶりにCG系のサイトを回った。やっぱりメイド、セラバニ、ねこみみの3つはCG描きの必須アイテムらしい(爆)
1997/8/22
昨日は某所オフ会のページをつくるのに忙しかった。内容は、単なるユーザ認証とCGIによる写真表示&コメント書き込み。以前の内容をほぼ流用したので、手間はない・・はずだったんだけど(^^;
実際には.htpasswdをソフトがバイナリで転送してくれたり(まあ、気持ちは分かるんだけどね〜 ^^)、過去のバグがまだ残っていたりで結構大変でした。
え、今日?知らない(笑)
1997/8/21
1997/8/20
1997/8/19
明けたことだし(なにが?)、久しぶりに研究室に顔を出す。ルータマシンを色々と設定してみるが、経路情報が上手く行かないのは相変わらず。UN*Xなら route add ですむのに。WINDOZクライアントは大変だ(^^;
等と考えながらWin32版のTeX(jLaTeX2e)の一式をGETしようとする・・・遅い。相手先の経路までにボトルネックがあるのだろう、1.5M専用線でわずか0.4K/secにしかならない。同時に行っていたNetscape Navigator 4.02の方はきちんと場所を選んだので20k〜40K程度まで出ていた。やはりこれは回線の問題だろう。そのせいで半分ほどしか手に入れることができなかった。また次回挑戦して、mule32で完全なる組版環境を整えたい。
1997/8/18
疲れたぁ。ただただひたすらバイト先で領収書の糊付けにいそしんだ今日(笑)
それだけでは寂しいので、平行してNetCasterという物も見てみる(諸事情あってCommunicatorをいれたのだ)。ちょっと見ただけだが、なかなか面白い。ウィンドウの中でさまざまなパーツが「ぐりぐりと」インタラクティブに動く様子には感動した。ただ、やはり専用線を使っていてもまだ遅い。反応速度もいまいち良くない。プッシュ型はまだ日本の回線にとっては速すぎる技術か。
1997/8/17
今宵の月はまた一段と綺麗だ、これも心境の変化のせいであろうか。雲間から時折のぞくその姿は、開けた場所で見るとまさに夜の風景と解け合い、脳裏に写る一枚の絵となる。その光は多少の薄い雲など突き抜け、かすかに光芒を周囲にまといながら、さながら薄い円形の額縁を通して見たかのようである。雲一つない空に浮かぶ月も良いが、風に吹かれ、次々とその表情を変える月もまら、見ていて見飽きることはない。犬の散歩の途中なので、場所を変え、アングルを変え、移動しながら、様々な雲の模様を見、その向こう側の月光を見る。まこと、詩でも吟じたくなるほどに、今夜の月は見事である。
。
1997/8/16
まじかるさんのページのオフ会に行ってきました。(正確には関西から来た常連の迎撃オフ ^^;)その内容は、まずはハイパーアリーナでのTRPG。久しぶりにいったら大分レイアウトが変わっていてとまどいました。テーブルが片隅に追いやられ、かわりにガレキの山が。思わずK.O.G.ATとJUNORNとL.E.D.MIRAGEのどれか(プラモなので数千円だった!)を買いそうになってしまった^v^。が、理性が働いて何とか抑制する。肝心のTRPGの方は私は彬兄氏のテーブルでソードワールドを久しぶりにプレイした。内容についてはあえて語らない。少女漫画な展開(?)で、なかなか楽しかったとだけいっておこう。
その後、焼き肉屋で食べ放題。阿鼻叫喚、飲み、のろけ、充満する煙、迷惑顧みず響きわたるアニソン、であった(爆)
。
1997/8/15
起きたら午後だった・・・。
だからというわけではないが、ハインラインを読みながら、コンピュータ環境の改善に着手。まずは以前入れておいたmuleの.emacsの編集を零からやり直す。大分、いい物ができた。次に、何故かMahintosh似のインターフェースにする作業を始めてしまう。まずはMAC独自のあのバーを常駐、次にアイコンをレジストリまで書き換えながら変更、最後に画面デザインを変更して全体的にCOOLなイメージに近づける(元が元だから ^^;)。
私はいったい何をしているのだろうか(笑)
1997/8/14
自体は私の予想を超えて動いていたようだ。既にもう日大のネットワーク内には、外部からはアクセスできなくなってしまっている。と、いうことはメールが送れない。メールが送れないと連絡が取れないし情報も伝えられない。情報が伝わらないと期限が迫っているのに、ますますそれが危うくなる。危うくなれば当然私は困る。困るとご飯が美味しくなくなるじゃないか(^^;)という具合でちょっと困ったことになっている。
まあ、なんとかなるだろう。何とかしてみせる。電子的な手段が使えなくなっただけだ。まだ、手はある。まだあるさ。
1997/8/13
そろそろお盆なのでサーバーをシャットダウンしに大学に行こうと考えていた。が、朝起きて朝食を食べ、さあ着替えようかと思って部屋に戻り、ふと布団に横たわったが失策。気が付いたら午後4時になってしまっていた(--;
1997/8/12
ふぃ・・・暑い。
今日はばててたので日記に書くようなことは特になし。
そうそう、今日は久しぶりに月が見えた。こんな時には妙に手紙を書きたくなる。かければ、だが。
1997/8/11
今日も今日とて緊急に決まった央華封神OFFがあった(苦笑)
まずはいつも通りに集まって・・・・一人来ない。が、せいぜい数十分の遅れできたので許す(前は来なかったもんな〜 ^^;)。
で、軽く昼を食べてカラオケボックスへ移動。そういえば、この昼がちょっとはずれだった。パスタの店にはいって、ボロネーズを頼んだのだが、出てきた物はなんと本当に必要最低限の最低限のちょびっとしたそーそのかかったスパゲティ・・・おい。だけど、味の方はまあまあだったのでよしとしよう。
そして始まった央華封神のセッション。今回は酒の席での師匠同士の対立から(仙人が何やってんだか ^@^)弟子達がそれぞれの乗り物(大カブトムシや椅子やハイエナや・・・ ^v^)にひかせた戦車に乗って決められたコースでレースをするというもの。3チームに分けて争ったのだが、今回のビリに対しての罰は青汁。その恐怖故に皆かなり大人げない(仙人らしくない?)行動をさんざんとっていた。例えば、殺せば一定時間足止めできるため、戦闘系二人集まった攻撃偏重チームが散々人の使役獣(私のキャラの可愛い下僕 :P)を次々と殺してくれたり(おかげで前半全然進まなかった --;)、全力を持って相手を足止めしようと数々の卑怯な手段(笑)を用いてみたり。それはもうすさまじいばかりの猛攻だった。
無論、私のキャラのチームも例外ではない。だが、悲しいかな私が組んだ相手(2人で一チームなのだ)は私のキャラクタと同じく、どちらかといえば後方支援型のタイプ。他の所のようにバランスが取れているわけでも無し、問答無用の力を持っているわけではない。かろうじて両者ともひ弱なため、速度が速いのが唯一の救いか(苦笑)その間にも、チェックポイントでの数々のイベント(マスターとの各種勝負、カラオケ等)があるので先行しているからと行って油断はできない。
結局後半はあまりの不毛さにおたがい休戦協定を結んでなんとかことなきをえた。で、結果は速度の理を活かして逃げ切った私のキャラクタのチームの勝利。ビールを飲むなどと言うイベントはあった物の、なんとか今回も肝心の青汁は逃れることができた。
よかったよかった(^_^);
1997/8/10
いつもながらのことではあるけれども、日曜というのは予定が無いと非常に暇な一日である。一応、やるべき事はあるのだが、この暑い中なので気力がわいてこない(^^;)夜になって、さあ涼しくなったしやろうという時になると、今度は深遠な思考をしながら(笑)犬の散歩をするという日課が待っている。それから帰ってくるともうあとは日記を書いて、多少の雑事をして、ネットに繋ぐ時間しか残っていない。困ったものだ(笑)
。
1997/8/9
なんとなく某Kのすすめに従ってGETしておいた(笑)mule(win32)を私のマシンにインストールする。cygnusからGETしておいたツール群を使ってさくさく作業する。(余談になるが、cygnusではWindows用にもUN*X環境と同じツール群を提供している。gccのあるバージョンと無いバージョンがあるので、好きな方を選ぶといいだろう。zsh等は使えないが、bash等ならば十分使える。一通りの基本のコマンドは揃っていると言っていいだろう。)
バイナリで揃っていたこともあり、結構素直にインストール完了。いくつかの簡単な環境設定だけして、本格的なカスタマイズは翌日以降へと持ち越す。(pTeXや野鳥いれないと、ね ^^;)
1997/8/8
今日は央華封神のオフ第2弾に行ってきた。くわしい状況はLのページを見てもらうからいいとして(^^;。なかなか楽しめるOFFだった。カラオケボックスでしたのだが、なぜかメニューにあった「青汁」の恐怖!難題を解けなかったらそれを自費で注文して飲まされるということがあったのだ。まあ、無事回避したからいいけど(笑)
その後のカラオケも非常に濃い歌が続出した。しかも、一部の人が恥も外聞もかなぐり捨てて切れてしまったため(その歌が部屋の外のみならず、トイレの中でも聞こえたそうだ ^^;)、さらに自体は混迷の度合いを増し、終盤は本当にまともな歌が歌われなかったと行っても過言ではない。
が、楽しかった。本当に、楽しかったよ。
1997/8/7
本日の話題はなんと言ってもアップルのマイクロソフトへの身売り。1億5000万ドルの出資で提携したらしい。次期標準バンドルブラウザも「あの」IEになるとか。これで独禁法にはふれないし(Appleが一定の業績を示している限りM$は安泰)、M$は林檎のエキスを吸い取って毒素を注入できるし。ほんと、やりかたがえげつない。さすが門様。
1997/8/6
今日は大学に行った帰り、たまたま時間が一致して、なおかつ暇もあったので、話題の映画を見てきた。最終上映ということで値段も割引・・・よしよし。
で、はじまり・・・おわり・・・・終わった。
幕が閉じた後、みんな映画の最中そのままに無言のままそそくさと席を立ち、一言も発せずにただひたすら帰る。内容については言うまでもない。
なるほど・・・こういうわけだったのか(XoX)
1997/8/5
今日はようやく母親が半月の独逸旅行から帰ってきた。土産物、チョコレート、酒、チョコレート、人形、チョコレート、絵本、チョコレート、チョコレート・・・・(笑)いくらかさばる物が持って来れないからってこれはないと思うが(^^; (まあ、確かに昔は独逸土産にキンダーチョコレートもらって喜んでいたけど)
BeOSのIntel版が出たもよう。あまり有名ではないが、ひそかに私が注目しているOSなので今後の展開が楽しみだ。
1997/8/4
急遽決まった央華封神オフに出かける。待ち合わせの場所は池袋のハンズ。が、30分前に着いたにもかかわらず、ハンズを探すのに手間取って集合時間ぎりぎりにようやく着いた。そこで待っていたのは二人・・・おや?いつもの如く時間厳守何のその、結局幹事まで遅れそろったのは45分後のことであった(笑)
それで、カラオケ屋に入ってキャラクタをつくる。私が選んだのは色々な使役獣を操れる仙人。自己紹介から切れて(いや・・・みんなキャラクタとその師匠は切れていたけどね。特に某M嬢とか ^^;)いるという飛んでもない仙人(ばかり)。おまけに私のキャラは最後に敵の大ボスの放った集団攻撃に巻き込まれ、使役獣(4体)が全て死亡。一気に徳(経験みたいなもの)が0になり、敵のキャラクタである邪仙化してしまった(爆)
次回、私のキャラクタは作り直し(?)。今からあれ以上に切れたキャラクタを考えて置かなくては(笑)
1997/8/3
今日は何もすることがないので、珍しく映画でも見に行こうかと思い電車に乗った。で、駅について広告を見てみる。あらかじめ数本の映画がどこでやっているかは調べてある。で、実際に上映しているプログラムとつきあわせると・・・・一日二部上映だの三部上映だので、見たい映画は軒並み夕方に集まってしまっている(その時昼前)。仕方がないのであきらめて帰った。その後、私がSFをむさぼるように読んでうさを晴らしたことは秘密だ(^^;
1997/8/2
本日、起きたら15:00だった・・・暑い(--;
夜、犬の散歩の途中でふと考えてみる。最近、月を見ていないな、と。星は見えるのだが、月そのものは最近全く見ていない。夜は明るく、街光あふれ、低層を覆う雲の帳を微妙なグラデーションで染め上げている。その中から覗く星。だが、月は見えない。最近の中途半端な気分の一因か。
1997/8/1
今日はバイトで秋葉原まで行って買い物をした。目的は3台分のマシンの部品調達。同行者・・・というより一緒につれていってもらう人は2人。朝10時頃集合して秋葉原に車で旅立つ。
遅い。はっきりいって渋滞に巻き込まれていた。ようやくついたのは昼過ぎ。昼食を食べて、いざ店を見て回ろうと思ったときにはもう午後の1時をすぎてしまっていた。
で、一通りパーツショップを見て回る。どうしてもCPUがみつからない。求めていたのはIntel Pentium Pro 200MHz(256K cache)なのだが、ほとんど姿を消してしまっていて、なかなか実物にお目にかかれない(おそるべし Intel Pentium II!)。最後にようやく立ち寄ったラジオ会館で見つける。が、高い!背に腹は代えられぬとあきらめて3個高い買い物をしようとしたその時・・・・同フロアに安いのがあった!個数もきちんと3個そろっている。さっそくそちらを購入して一件落着(やれやれ ^^;)。
他にもそこでは、MN128V2やWindows NT 4.0 Server(なんと11万弱!)など、最後の最後でけっこうな掘り出し物を手に入れることができた。その後、目星をつけておいた部品をひたすら購入。購入。購入・・・・重い(XoX)最後に立ち寄った店でマザーボードとグラフィックカードとHDDとキーボードと・・・ケース3個を購入する。そして、店を出ようとしたとき、なにやら見覚えのある顔が店に入ってきた。なんと、私の所属する研究室の先任(先輩と呼べるかは微妙^^;)だった。妙なところで妙な人に会うこともあるものだ(笑)